イベントリポート

英語上達は動機づけと文化理解で~日経と英検がグローバルセミナー

ビジネスでも日常生活でも英語を使うことが増えました。英会話の上達に欠かせない心得はなにか。「グローバル人材育成セミナー」が7月末、東京・大手町の日本経済新聞東京本社「SPACE NIO」で開かれました。日本経済新聞社と日本英語検定協会(英検)のコラボで実現したこのセミナー。新型コロナ感染症の拡大でオンライン配信のみとなりましたが、最多で500人を超える方が視聴。豪華な講師陣の話に大勢が耳を傾けました。

関谷さん「アウトプットではあいづちと傾聴力を磨いて」

基調講演に登場したのは通訳者の関谷英里子さん。「シリコンバレーから見た日本企業の課題と意識改革のポイント」と題し、仕事の拠点としている米国での経験を踏まえて日本のビジネスパーソンにとっての英語の重要性を解説しました。関谷さんはアル・ゴア元米副大統領、ダライ・ラマ14世、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOなど国内外の一流講演家の同時通訳者として活躍。7月には台湾デジタル担当相の唐鳳(オードリー・タン)さんの通訳も担当しました。その関谷さんは日本企業の課題を「イノベーションが起きていないこと」と看破します。理由として多様性、寛容性、徹底して顧客と向き合う姿勢が欠けていると指摘。解決するには英語能力の開発の見直しが急務としました。

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通訳者の関谷英里子さんは英語能力の開発が日本企業の課題の一つだと指摘した

実践的なトピックも飛び出しました。英語でのコミュニケーションで大切なのはアウトプット、とりわけ「あいづちと傾聴力」だというのです。しっかり聞いているよ、という姿勢を打ち出すには、日本語のままの「ふぅん」「へぇえ」ではダメ。「英語らしいあいづちの打ち方を練習してみたいと思います」とその場でカメラの向こうの私たちに向かって語り掛けます。「一緒にやってください。uh - huh、aha」――。英会話はうふん、と、あはん、の世界、と言って笑わせます。

また「That's amazing!」「That sounds great.」といった、日本語では誉め言葉に入ってしまうフレーズもあいづちとして使われていると指摘。日本の感覚ではオーバーに聞こえるくらいの方が効果的です、と関谷さんは続けます。企業の研修担当者にとどまらない、働く人なら誰が聞いても腑に落ちるところがあるお話でした。

キャリアプランに紐づけ、語学力以外のバランスも重視して

続いての第2部は企業の事例紹介。英会話力研修を採り入れて成果を挙げている2社の担当者が登壇します。企業の研修担当者向けの内容ながら、それぞれご自身が英語で仕事をすることになった時の実例を交えての内容は、個人の学びにも参考になります。

1番目はパーソルホールディングスのグループ人事本部長、大場竜佳氏です。同社は2017年からグローバル経営に一気に舵を切り、海外売上高比率が急速に高まっています。「気づいたらグループ内に海外法人の社員が多数を占める状況になっていました」(大場さん)。日本に本拠を置きながらグローバル化に対応するため、同社は英語スピーキング力を測るテスト「VERSANT」を活用しています。大場さん自身も2015年に休職し、英国に留学して人事制度を学びました。その経験から「テストの点数を上げることが自己目的化すると英語の実運用能力は付いていかない。日々のコミュニケーションで本当に使える英語のスキルを磨くことで良い結果が出る」と話します。将来は英語を使ってどんな仕事をしたいのかなど、自分のキャリアプランにしっかり紐づけて学ぶことも大事といいます。

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パーソルホールディングスの大場竜佳さん(左)と東芝デバイス&ストレージ安本佳緒里さん

次いで東芝デバイス&ストレージの技術企画部で業務改革・育成・採用担当エキスパートを務める安本佳緒里さんが演台に立ちます。もともと技術者として1999年に入社した安本さんは、海外提携先との技術窓口に2009年に異動。当時は自身の「しゃがみ込みたくなる英語力」に頭を抱えたといいます。ただ、技術者同士ということもあって伝えたいことは何とか伝わったとも。同社が活用する英検協会が実施するテストで、ビジネス英語力を測る「Linguaskill」についても言及。東芝としてグローバルに活躍できる技術者を育成するために何ができるか、から考えたと説明しました。「英語が話せれば海外対応できる、というわけではない」との意見の一致が社内にあり、①英語力②ビジネススキル③コミュニケーションスキル④リベラルアーツ――の4点のバランスを重視して人材育成プランをつくったそうです。

英語が好きなら単語3000語で会話OK

休憩をはさんだ第3部はディスカッションです。語学教育を手掛けるY.E.D International代表の江藤友佳さん、上智大学・神田外語大学講師の冨田三穂さん、コーチング英会話を教えるトライオン社長の三木雄信さんという、スピーキング力の指導に詳しい専門家3人の議論です。基調講演に登壇した関谷さんがモデレーターとして参加。4人が英会話力習得にまつわるさまざまな話題に花を咲かせます。

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上智大学・神田外語大学講師の冨田三穂さん(左)とY.E.D International代表の江藤友佳さん

冨田さんは「一般の個人の方も大勢聞いていただいているので」と前置きした上で、英語力を伸ばすには「英語が好きだから」といった内発的な動機づけを持つことが一番、と話します。楽しいと思うと脳内にドーパミンが分泌されるからだそうで、「動機づけは第2言語の習得には欠かせない」と強調しました。

今回は視聴参加する皆さんから事前質問を受け付けました。その中の「スカイプを使った格安レッスンは有効なの?」という質問に対し、江藤さんは大きくうなずきます。「ザッツグレイト! なんて大げさにほめられたりしますが、先生方のやさしさ、笑顔、そして(ネイティブに)伝わった、という体験は(レッスンを)続けるために重要」なのだそうです。

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トライオン社長の三木雄信さん(左)。関谷さんはディスカッションのモデレーターを務めた

ソフトバンクの孫正義社長の英語を例に挙げたのは三木さん。「孫さんの英語は97%がオックスフォード3000語で構成されているそうです。残り3%は会社名などの固有名詞」。オックスフォード3000語とは同名の有名辞書に掲載されている基礎単語のこと。つまり重要なのは、単語を知っていることよりもコミュニケーション力。そのスキルをしっかり作ろう、というわけです。

とりわけ盛り上がったのが「どうすればスピーキング力を高められるか」の実践ノウハウの話題です。

違いを尊重、「間違ったら」の恐怖心は捨てよう

三木さんは「普通の日本人が英語を話せるようになるには1000時間は必要。毎日3時間で1年間という計算で、なかなか続けられません。3カ月で飽きてしまう」と言います。乗り越えるのに必要なのは「期待値をコントロールすること」と指摘。ある時期、聞き取れるんだけど話せない、という踊り場があり、10カ月目くらいの時に「あ、自分は話せるじゃないか」という時期が訪れる。そうした進化の局面ごとに、自分の力量に対する期待の大きさを把握することがコツ、ということのようです。

恐怖心を捨てなければ、と話すのは冨田さんです。英語を学ぶ日本人の特徴として「間違えちゃいけない、という形式重視の教育の結果の恐怖心」があると言います。「そういうマインドでは話せるようにならないし、恐怖が先にあると、回避行動をとるようになってしまいます」。間違うことを恐れる気持ちを捨てる。また、自分の意見や興味を常に持つようにするといいそうです。「話す力」以前に、言いたくてもそもそも自分の考えがない、根底となる思考がないという状態が、多くの学習者に共通する課題でもあるからです。

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グローバルセミナーはオンラインでリアルタイム配信された

冨田さんは「グローバル社会で仕事をするのに語学力、英語力は大前提ですが、それだけではダメ」とも言います。「欠かせないのはグローバル社会で仕事をするのだというマインドセット(思考様式)です」。国ごとにそれぞれ違う言語、文化、哲学があり、歴史的背景の違いがある。それらの集合体をグローバル社会と呼びますが、その中でルールや損得勘定は共有されている、というのがグローバルビジネスの前提です。そんな中で交渉したり、長期的なウインウインの関係を保ったりするには、互いの違う部分をこそ尊重し合わなければならない――。そんなマインドセットが基盤にあって初めて、語学力や交渉力が生きるのです。

モデレーターを務める関谷さんは「コミュニケーション能力全体の中で、実際のビジネスでは完膚なきまでに相手を負かすような交渉技術は求められていない」と言います。ビジネス常識としても、日本的なものに固執するのではなく、異文化へのリスペクトや相手に合わせるコミュニケーションスキルが重要なのだと分かります。「英語力、会話力そしてコミュニケーションをもっともっと高めたい」。今回のグローバルセミナーは、誰もがそう思えるような内容でした。

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