イベントリポート

男女間のすれ違いを防ぐには~映画『82年生まれ、キム・ジヨン』論

日本でも昨年話題になったベストセラー小説が原作の韓国映画『82年生まれ、キム・ジヨン』(10月9日全国公開、配給クロックワークス)を題材にしたトークイベントが9月24日、東京・大手町の日本経済新聞社で開かれました。映画が描くのは、現代社会の日常に潜む女性の生きづらさ。主人公と同じ1982年生まれで一児の母である知花くららさん、共働きで2人の子どもがいる早稲田大学大学院の入山章栄教授、日本経済新聞女性面の中村奈都子編集長の3人が約1時間にわたってトークを繰り広げ、夫婦や恋人などの男女間にすれ違いはなぜ起きるのか、多様性ある社会に飛び込んでみる体験のススメなどの興味深い話がオンラインで配信されました。

キム・ジヨンの夫をどう見るか? ~ 男女間のとらえ方に違い

映画の主人公の「ジヨン」は韓国の82年生まれの女性に最も多い名前、「キム」は韓国で一番多い姓です。作品はごく平均的な女性を象徴するキム・ジヨンの人生を通して、日常のなかに女性が感じる生きづらさが多くあることを浮かび上がらせます。結婚・出産して会社を辞め、子育てをするジヨンが直面する悩みの数々は、現代の日本でも大半の女性が共感するもの。入山教授は「社会問題を扱う映画として非常に面白かった」と感じるとともに、「男性と女性ではとらえ方がずいぶん違うのでは」との思いを抱いたそうです。

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映画『82年生まれ、キム・ジヨン』の主人公ジヨン(右=俳優チョン・ユミ)と夫のデヒョン(同コン・ユ) © 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

「主人公の夫(デヒョン)は妻思いでやさしい。家事育児も手伝っていて夫として頑張っていると、一緒に鑑賞した妻に話したら、『男目線だよね』と言われて、えーっ違うの?」と驚いたそうです。中村編集長は「男女の価値観がずれていて、女性からするとイライラする場面が多く、夫婦や恋人と一緒に見ると議論のきっかけになりますね。女友達同士で見たら『我が家のほうがもっとひどいのよ』と愚痴大会で盛り上がりました。一緒に見る相手によって色々な楽しみ方ができます」とコメント。実際に、知花さんは夫婦で映画を一緒に見ながら、いろいろと話し合いをしたそうです。

夫のデヒョンを女性はどう評価するのか――入山教授は2人に興味津々に尋ねました。2人が与えた点数は70~90点と高得点です。しかし「ちょっと違うんだよなぁ、というのが多々ある。例えば『僕が手伝うから』という言葉。"子育て"は手伝うものではなく、一緒にやるもの」と中村編集長。知花さんも「それを言ってはいけないという一言がありました。『君のために』はNGワード」とデヒョンの言葉にくぎを刺します。「夫に養ってもらっていると負い目を感じている妻がそう言われると、逆に苦しくなる」と女性の心理を解説しました。

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入山章栄教授(右)、知花くららさん(中)、中村奈都子女性面編集長のトークの内容は多岐にわたりました

2人の話を聞いて入山教授も「相手のことをしっかり考えない中で、善意を押し付けるのはよくないと、身につまされたシーンがありました」と振り返りました。映画の序盤、夫の実家に帰省する際にデヒョンが妻を気遣ってかけた言葉にジヨンが反論する場面です。「日本でも今の若い世代は積極的に家庭のことをする男性が多い。デヒョンはその典型的なタイプ。それでも妻とすれ違うのだから、男性もこの映画を見て気づきを得たほうがいい」と語ります。

相手と分かりあうには? ~ 常日頃からの話し合いがカギ

知花さんの経験談には、夫婦のすれ違いを防ぐヒントがありました。知花さんは2019年に社会人として大学に入学し、その年の秋に女の子を出産。大学に通うことで夫に育児や家事の負担をかけることにどこか引け目を感じ、優しく背中を押してくれる夫に対して逆に当たりが強くなったそうです。「ケンカをすると私は閉じこもって一人でクールダウンするタイプ。だけど彼はそれをこじ開けて徹底的に話し合いをしてくるんです。わだかまりを残したくないからと。私の大学通いをめぐって話し合ったときも『僕が応援したいので、応援させてくれ』と言ってくれて、それで彼の言葉を素直に受け取ることができました」

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知花さんは昨年秋に第一子を出産。「娘には国連の活動などで世界各地を訪れて経験したことをしっかりと伝えていきたい」

夫婦二人で深く話し合っていると、いつの間にかそれぞれの子どもの頃の経験など過去の話になることもよくあるそうです。「常日頃からパートナーとしっかり会話をしていると、相手の考えも予測できるようになり、感情論にならずに冷静にいられます」。知花さんの話に、入山教授と中村編集長は感心しきり。「たまに話すだけではコミュニケーションに慣れていないので感情的になりやすい。意思疎通を常態化することが必要なんですね」と入山教授。中村編集長も「時間はかかりますが、お互いが分かりあうには結局話し合うしかないですね」と頷きます。映画のストーリーでも夫婦間のホンネに基づいた話し合いが、大きなポイントになっています。

「常識が変わっていく端境期を描いた作品」

映画には世代間ギャップを感じさせるシーンも多々出てきます。入山教授は「常識が変わっていく端境期を描いている作品」と表現したうえで、"常識"と言われているものの危険性を指摘しました。「『それは常識だから』という言動は、考えることを避けて脳を楽にするためのもの。しかし常識は時代とともに変わるので幻想にすぎない。都度都度、自分がどうすべきかを考えることが大切」と語ります。

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入山教授は「常識や慣習というのは幻想にすぎない。自分がどうすべきかを考えることが大事」と強調しました

常識を疑って自分のアタマで考えるようになる有効な方法として話題になったのが、多様性のある社会に身を置く経験でした。「日本は比較的同質な社会なので、特にマジョリティー(多数派)に所属する人はマイノリティー(少数派)の立場を経験したほうがよい。いかに狭い視野だったかに気づく。常識と思っていたものが覆されていく」と入山教授は強調します。

知花さんも大いに賛同します。ご自身は上智大学を卒業した年の「ミス・ユニバース2006世界大会」で準ミスに輝きました。応募の動機はチャリティー活動がしたいということでしたが、もうひとつ別のテーマがあったそうです。学生時代にフェミニズムを勉強するなかで、当時のフェミニストの一部がミスコン批判をしていたので、その実態を自ら経験してみようとの思いでした。「世界大会に行ってみるとそこはダイバーシティーの縮図でした。各国の代表たちと過ごした期間は多くの考え方に触れ、豊かな経験になりました」と振り返ります。

その後、国連WFP(世界食糧計画)日本大使として世界各地を訪問した経験も大きいものでした。20代後半に摂食障害に悩んでいた時期があり、その障害を克服するきっかけにもなったそうです。「世界を旅して厳しい環境で暮らす女性や子供たちに接し、自分の悩みの小ささや視野の狭さに気付けました」

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中村編集長は「映画の中ではジヨンの母親の娘に対する愛情に最も心が動かされました」

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は、主人公夫妻だけでなく二人の両親やきょうだい、会社の上司・先輩・同僚など、多彩な登場人物の言動にもいろいろと考えさせられます。新型コロナウイルスの感染拡大は、図らずも時代の変化を加速させました。トークイベントで語られた、これまでの前例や常識にとらわれずに自分で考えること、会話を通じて相手のことを真に理解することなどを、映画を見ながらパートナーや家族、友達と話し合ってみるのはいかがでしょうか。

■ トークイベントのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます(2020年10月末まで)

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