イベントリポート

宮本笑里さん×ストラディヴァリウス ~ 名器の秘密と癒しの音色

日経ウーマノミクス・プロジェクトは2018年5月、活動スタートから5周年を迎えました。これを記念して「歴史的名器・ストラディヴァリウスにまつわる5つの秘密とは」と題した音楽イベントを5月11日、日経ホール(東京・大手町)で開催しました。17世紀から300年以上に渡って弦楽器の頂点に君臨し続ける名器ストラディヴァリウスは「ストラド」とも呼ばれます。その比類なき音色の秘密に触れる興味深いトークが繰り広げられたほか、ヴァイオリニストの宮本笑里さんがクラシックの名曲を名器ストラドで奏でるコンサートが催されました。「宮本さん×ストラド」の優しくて深みのある音色によって会場はまさに癒しの空間となりました。

「心を開くのに1年かかる"ヴァイオリンの女王"」

今回の記念イベントには約2900人もの応募があり、抽選で当選した幸運の500人余りが宮本さんによるストラドの音色を楽しみました。まずオープニングで、宮本さんがエルガー作曲「愛の挨拶」と大島ミチル作曲「風笛」の2曲を演奏。愛の挨拶は優しいメロディーが多くの人の耳に残る名曲です。宮本さんの優しげなイメージにマッチした選曲で、ピアノ伴奏者の浦壁信二さんとの呼吸もぴったり。冒頭から会場の聴衆の心を捉えました。

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ストラディヴァリウスで名曲を演奏する宮本笑里さん(左)とピアニストの浦壁信二さん

オープニングの演奏が終わると、フリーアナウンサー眞田佳織さんの司会でトークセッションがスタート。宮本さんに加え、日本ヴァイオリン社長で東京ストラディヴァリウスフェスティバル2018実行委員会委員長の中澤創太さんが登壇しました。ストラドを演奏した感想について宮本さんは「最近作られた楽器はすごく弾きやすくて、弾き始めるとすぐにパーンと音が出ます。一方、数百年を経た古い楽器は簡単ではありません。音色が深いのはもちろん、様々な人に弾かれてきた歴史があり、それを想像する楽しみがあります」と語りました。

今回のイベントに楽器を提供してくれた中澤さんも「ストラドをお貸ししたのが昨夜だったにもかかわらず、よく弾きこなしていただきました」と宮本さんの演奏を賞賛。「ヴァイオリンの女王」と呼ばれるストラドは「心を開くのに1年ほどかかる」という表現で、優れた演奏者でもすぐに弾きこなすのは難しい楽器だと強調しました。

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東京ストラディヴァリウスフェスティバル2018実行委員長の中澤創太さん(右)と宮本笑里さん(中)、司会の眞田佳織さんによるトークタイム

黄金期のストラドは1挺10億円超

ストラドを製作したアントニオ・ストラディヴァリ(1644~1737)はイタリア・クレモナ出身の楽器職人で、生涯に1千挺を超える楽器を製作。そのうち600挺ほどが現存しているとされています。中澤さんは彼が残した楽器を評価する際の目安として「師匠に従って作った初期、様々な音作りに挑んだ挑戦期、不動の評価を確立した黄金期、息子らが製作を手伝った晩年期の4つの時代に分けられます」と述べ、「最も評価が高い黄金期の作品になると1挺当たり10億円を超える高値で取引されます」と説明しました。

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中澤さんはストラディヴァリウスにまつわる様々なエピソードを披露してくれた

ストラドが歴史的に高い評価をされる理由の1つとして、「モーツァルトやパガニーニなどそれぞれの時代の一流音楽家が愛用してきた」(中澤さん)という歴史があり、現代にいたるまで市販されるヴァイオリンの原型になっているといいます。ピアノが鍵盤の数が増えたり、より大きな音がでるように改良を加えられたりしてきたのとは対照的に、17世紀の時点でほぼ完成されたというのがヴァイオリンの大きな特徴です。それだけ完成度が高く、新たに作り出すことができないということが、希少価値を呼び、高値で取引される理由の1つになっているようです。

ストラドと市販のヴァイオリンを聴き比べ

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ストラディヴァリスと市販のヴァイオリンで同じメロディーを演奏。音色の違いを会場の参加者に聴き比べてもらった

トークが盛り上がる中、ステージ上に用意された市販のヴァイオリンとストラドの聴き比べが始まりました。500人余りの参加者が目をつぶって2挺のヴァイオリンの音色に耳を傾けました。首をひねる人、自信ありげな人と様々な表情を浮かべながら、それぞれがストラドと思う楽器を選びました。実演した宮本さんは「市販のヴァイオリンは音が出しやすい。ストラドは弾くときに集中の糸をピーンと張り詰めなければいけない雰囲気がある」と演奏者から見た違いを語ってくれました。中澤さんからは「ストラドは演奏の後半になって音が響く。限られた時間ではその特徴が出にくい」と外れた人をフォローする発言もありました。

トークタイム後半は眞田さんを聞き手に、ストラドにまつわる話を中澤さんに深掘りしてもらいました。楽器製作者のアントニオ・ストラディヴァリの人物像について「やせて背が高く、冬には白い帽子をかぶって朝から晩まで楽器を作っていた」というイメージが近年の研究で分かってきたそうです。また楽器の手入れについて眞田さんが尋ねると、乾燥が大敵で木に割れが生じると価値が大きく下がってしまうことや、修復はなるべく手をかけないのが原則だという説明がされました。

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「ストラディヴァリウスは演奏するときに集中の糸を張り詰めなければいけない雰囲気がある」と宮本さん

1挺10億円を超えるストラドの買い手については「投資目的で購入するケースが多く、投資銀行が買うこともあります。例えばドイツ銀行が購入し、ドイツの有名演奏家に無償で貸与しているケースなどがあります。社会貢献活動の一環としての意味合いがあります」と中澤さん。日本もパトロンが若い有望な演奏家を応援するような社会になってほしいというのが中澤さんの思いだそうです。

宮本さんの生演奏に会場の拍手鳴り止まず

トークの最後は今回のイベントに協力していただいた中澤さんより、7月から10月にかけてストラドをテーマにしたイベントを開催するとの告知がありました。推定総額210億円、21挺のストラドが東京に一堂に会するメーンイベントのほか、若手演奏家や有名アーティストを中心としたコンサートも開くとのこと。今年の音楽シーンの話題を集めそうです。

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トークタイム後のコンサートで宮本さんはクラシックの名曲や映画「タイタニック」主題曲などを演奏した

トークタイムの後はコンサートです。再び宮本さんが登場し、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」やマスネの「タイスの瞑想曲」など5曲を演奏しました。4歳のお子さんを育てながら音楽活動を続ける宮本さん。今回のイベントには仕事に育児に頑張る女性が多く参加したことから「仕事や育児など全てに完璧を求めるのは苦しい。苦しい時は素直にそう言うのも大事」と会場にエールを送りました。また、子どもが音楽に興味を持つように導くためにはどうしたらよいかとの質問については「音楽を聴くように強制するより、自然に周りにクラシック音楽が流れている、音楽が手に届くような環境を作ることが大切」と自らの経験をもとに語ってくれました。

5曲の演奏終了後は会場の拍手が鳴り止みません。宮本さんがアンコールでモンティの「チャールダーシュ」を演奏し終わると、会場はさらに大きな拍手に包まれました。終演後、余韻に浸るように席に座ったままだったある夫婦が「アンコールの曲も良かったですね。なんという曲ですか?」とスタッフにたずねました。曲名をつげると「いい曲だった」と、満足げにうなずきながら席を立ちました。参加者の多くが、優しい表情で会場を後にする姿が印象的でした。

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宮本さんが奏でるストラディヴァリウスの深く優しい音色が聴衆の心に染み入り、演奏後、会場は大きな拍手に包まれた

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