過去開催イベントのレポート

世界を目指す女性たち、4時間耐久レースで見せたチーム力

井原慶子さん率いる日経ウーマノミクスチーム2年目の挑戦

 9月3日(土)、晴天の筑波サーキット(茨城県下妻市)で「第27回メディア対抗ロードスター4時間耐久レース」が開かれ、“世界最速の女性レーサー”井原慶子さんが監督を務める「日経ウーマノミクス」チームが昨年に続いて参戦しました。女性レーサーだけの異色チームの2年目の挑戦です。男性選手が大半を占めるレースでチーム力を発揮し、しなやかで美しい走りを見せてくれました。

◆ 20~40代のドライバー5人の思い

 午後4時15分、秋を感じさせる高い空に、マツダ・ロードスター27台の奏でる音が一斉に響き渡りました。レース決勝の幕開けです。ウーマノミクスチームは予選の結果、出場27台中24番手からのスタート。5人のドライバーが交代で運転し、1周約2キロのコースを4時間にわたって走り続けます。使える燃料量が限られ、スピードだけでなく燃費を意識した走りが求められるレースです。

 チームのドライバーやピットクルーは、マツダと井原さんが2015年に設立した女性レーサー育成プロジェクト「マツダ・ウィメン・イン・モータースポーツ」(WIMS)のメンバーです。今年は1期生2人と2期生3人、20代から40代までのドライバーがハンドルを握りました。仕事を持ちながら、趣味の世界でも真剣に打ち込む姿は、皆生き生きと輝いています。

 第一走者は地元、筑波サーキットに勤務するアラフォーの辻田慈さんが務めました。夫もクルマ好きで、よくドライビングのアドバイスをしてくれるそうです。WIMSの1期生ですが、昨年のレースは応援役でした。“井原スクール”の1年半を経て「闇雲に走るのではなく、我慢する時や勝負時などレース全体を通した展開を考えられるようになった」と自信を得た走りで次につなぎました。

 第二走者の大石真美さんは、福島県内の町工場で働くアラサーの会社員。かつては馬術の国体選手として活躍しました。風を切って走るのが好きで、22歳から自動車の草レースに出場。「公式レースに参加したい」と今年のWIMSに応募し、2期生9人のひとりに選ばれました。今はクルマとの“人馬一体”を体感しながら「誰よりも速くなりたい」と目を輝かせます。

◆「レースを通して大きく成長」

 第三走者は今回がレースデビュー戦となった2期生の久保川澄花さんです。2歳の女の子がいるアラサーのママであり、妻であり、都内で働く会社員でもあります。かつてはドリフト競技の全日本女性チャンピオン。出産を機に引退しましたが、WIMSのプロジェクトを知ってレースの世界に飛び込みました。「女性だけのプロレーサーチームが世界で活躍したら、子どもたちに夢を与えられる」と次代を意識した挑戦です。

 井原さんは大事な予選レースを、敢えて経験が少ない久保川さんに任せました。当初はこの方針にチームの中では異論も出たそうです。しかし井原さんには「WIMSメンバー全体の力を底上げしたい」という狙いがありました。メンバーとのコミュニケーションを徹底して、チームが納得するように努めたといいます。「女性チームの強みはコミュニケーション能力。それを生かせばチームの力を高められる」との思いがありました。

 予選の結果は24位と芳しくありませんでしたが、選手5人で4時間をリレーする決勝レースでチームは徐々に順位を上げていきます。久保川さんは5人全員が走った後、6番手の最終ドライバーとして再びコースを走りました。そこで予選よりも速いタイムをたたき出し、次々と先行車を追い抜くシーンを見せてくれました。井原さんはその姿に感無量の様子。「レースを通して大きく成長してくれた」と目を細めました。

 時間を少し巻き戻します。第四走者は2年連続出場となった1期生、22歳の北平絵奈美さんです。カートの全国大会で優勝した経験の持ち主。短大卒業後、福祉施設で働いていましたが、この春に会社を辞め、プロのレーサーを目指して本腰を入れ始めました。今年は個人レースの表彰台にも上がり、井原スクールで着実にその実力を高めています。

◆世界を視野に入れた育成方針

 第五走者を任されたのは大学4年生の猪爪杏奈さん。なんとマニュアル車の運転を始めたのがわずか5カ月前という2期生です。それにもかからず、この夏に出場したレースで早くも表彰台に2度も上がる成績を収めました。父親が全日本ジムカーナの元チャンピオン。その娘も来春の大学卒業後はWIMSのスタッフとして、プロレーサーの道を目指します。

 今年のWIMSは「世界を目指す」をテーマに2期生メンバーを募集しました。井原さんは世界で戦える女性レーサーの育成を目指し、それぞれのメンバーを指導しています。筑波サーキットでの4耐レースはそのステップアップの舞台。目の前のレースに勝つためではなく、もっと先にある世界を視野に入れたチーム運営が印象的でした。

 ピットでは昨年のレースで活躍した小松寛子さんや関崎祐美子さんらが出場選手を支えました。ピットを取材していると、レースという緊張感の中にも関わらず、そこが居心地のよい空間であることを感じます。選手やクルーたちの間のチームワークが醸し出している雰囲気です。関崎さんは「昨年味わった興奮を、今年参加するメンバーに経験してほしい」と今年の選手たちを見守りました。

 耐久レースはとりわけチーム力が問われます。井原さんは「女性だけのチームの強みは、選手個人のエゴがほとんどでないところ。男性選手は自分がいいところを見せようと欲を出して無理な走りをしがち。燃料を消費しすぎてガス欠になるリスクもある」と指摘します。

 午後8時15分、すっかり日が暮れたコースでチェッカーフラッグが振られました。ウーマノミクスチームはコースを174周して無事完走。最終ドライバー、久保川さんが運転するロードスターがゴールすると、チームメンバー全員が駆け寄りました。最終順位は14位。初出場だった昨年と同じ成績でしたが、メンバーのどの表情にも充実感が溢れています。井原スクールのチーム力の高さと選手たちのこれからの飛躍を予感させるレースでした。

井原慶子さん率いる女性チームのメンバーたち
コーナーを曲がるウーマノミクスチームのロードスター
出場メンバーはそれぞれの思いを抱いてコースを走った