STORY 積水ハウス vol.17

住む人の健康を見守る家の実現へ、「心地よさ」にこだわり開発

積水ハウス プラットフォームハウス推進部
興津 美那さん

2019年秋。積水ハウスの興津美那さん(32)は、入社以来6年間を過ごした同社総合住宅研究所を離れ、新たに発足した部署に異動した。担当するのは「在宅時急性疾患早期対応ネットワーク HED-Net(In-Home Early Detection Network)」の開発。室内に設置したセンサーで住む人の急性疾患の可能性がある異常を発見し、早期対応するサービスで、同社が掲げる「プラットフォームハウス構想」の第一弾となる。小さいころから建物を見るのが好きで、大学、大学院では建築学を専攻。顧客に近い目線で住宅のあるべき姿を考えてきた技術者が、世界でも前例のない事業を通じて「心地よい住まい」の実現を目指す。

住む人の異常を自動で検知する家

「健康に暮らせる家、住みやすい家というものにもともと関心がありました。今の仕事はうまくそれに重なっていると思います」。積水ハウスが実用化を目指すHED-Netは、住む人の心筋梗塞や脳卒中などの急性疾患の可能性がある異常を検知し、早期対応する。興津さんのチームはシステムの中核となる非接触型センサーの研究開発を主導する。センサーでどんなデータを抽出するのか、どのような場面でセンサーを使うのか。学識者やパートナー企業とともに実験・検証する毎日だ。

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興津美那さんは非接触型センサーで在宅時の急性疾患に対応するサービスを担当する

HED-Netの仕組みはこうだ。住まい手にストレスを感じさせない非接触型センサーを住居内に設置。このセンサーで心拍数や呼吸数といったバイタルデータ(生体情報)を収集し、急性疾患の可能性のある異常を検知し解析する。さらに安否確認や救急の出動要請などもサポートし、遠隔解錠や搬送後の施錠までを一貫して担う。日本では年間におよそ29万人が脳卒中を発症するが、うち79%は家の中で起きるといわれる。早期発見の重要性が指摘される中、HED-Netの実用化によって、日常生活の場で突然起きる急性疾患から多くの命を救える可能性が高まる。

住まい手がふだんはセンサーの存在を意識せず、ストレスを感じることなく暮らせるのが前提。先進技術に人が合わせるのではなく、人の暮らしに合わせた技術開発を大切にしたい。「たとえ実験室でうまく行っても、実生活の中で得られるリアルなデータはレベルがまったく違います。サービスとしてお客様の暮らしの中に入っていける水準に達するのは、やっぱり難しい」と興津さん。それでも推し進める力は新しいことをやろうというチャレンジ精神なのか。「住宅業界のリーディングカンパニーとして、日本のため、世界のためにやらなければいけないという使命感、という方がしっくりきます」

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システムの実用化を前に、実験室での検証にも熱が入ってきた

リーディングカンパニーとしての使命感

積水ハウスが掲げる「プラットフォームハウス構想」は、ライフステージの変化に対応できる柔軟性に堅牢さと耐久性を併せ持つ家(=ハード)に、「健康」「つながり」「学び」といった無形資産をサービス(=ソフト)としてリンクさせる、新しい発想の家づくり。「人生100年時代」の幸せを追求するため、ライフステージによって必要なサービスを逐次インストールできる基盤=「プラットフォーム」として家をとらえる。

2019年1月、世界最大のデジタル技術見本市「CES」で積水ハウスはこの構想を発表。今年1月のCESでは、構想の第一弾となるHED-Netを実際に人が暮らす家に導入する「生活者参加型 パイロットプロジェクト」を年内に始めると明らかにした。興津さんはセンサーを開発する技術者として今年のCESに初参加。来場者から「センサーの種類は?」「どうやって判定している?」といった質問が途切れず投げかけられることに驚きを感じた。「関心がある方がとても多いと思いました。日本に比べて家の中にカメラを入れたり、(家が)広かったりなどセキュリティーの部分でデバイスへの抵抗感が低いという背景もあると思います」。住宅メーカー初、という段階を越えた世界初というレベルの事業であることを実感した。

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1月開催のCES2020では積水ハウスの発表を聞くため多くの人がブースに集まった

自社の利益だけを追求するのではなく、事業成果を社会に還元していくという発想。「私の親戚や友人も家族を自宅で亡くされています。今のプロジェクトに関わるようになって、これが実用化したら救える命があり、それが当たり前になる未来があるんじゃないかと感じました」。以前は研究テーマとなった技術について、本当に必要なのか、という迷いや葛藤を覚えることがあった。HED-Netもすぐに万人の役に立つわけではない。この技術の必要性は、つらい経験を持つ方にこそ理解していただける。興津さんは目先の成果にとらわれずに高い目線で研究開発に取り組む意義を実感した。

パイロットプロジェクトでは、実験室では収集できない「生きたデータ」を集め、分析し、その後のシステムの最適化、サービスの精度向上へつなげていく。そのためには意義を理解し、協力してくれる顧客とのやり取り、理念の共有が欠かせない。興津さんは技術職だが「これまでお客様と直接やり取りすることが比較的多かったので、その経験を生かせると思っています」。

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今年1月のCESではセンサーの説明スタッフとして参加し、質問攻めにあった

「心地よい」環境を追求

興津さんが大学、大学院で選んだ研究テーマは照明と色彩だ。照らし方やインテリアの色などによって、人が感じる心地よさはどう変わるか。建築の世界では主流となる「意匠(デザイン)」と「設備」のいずれでもない独自の領域にひかれた。ちょうど発光ダイオード(LED)照明が普及し始めた時期。住宅でも複数のダウンライトを使った多灯照明が増え、明かりの表現力が飛躍的に豊かになりつつあった。

積水ハウスに入社してまず携わったのが、配属先の総合住宅研究所が運営している情報発信拠点「住ムフムラボ」(大阪市)だ。住宅購入を具体的に検討する段階にはなくとも、住まいに関心がある人がふらりと立ち寄り、お茶を飲みながら住関連の常設展示を見たり、イベントやワークショップに参加したりできる。住関連の技術をかみ砕いて伝え、顧客の意見を収集する。「会話をしながらお客様の生のご意見を聞き、でも技術者の立場できちんと説明する。難しさもありましたが、私はそれがすごく素敵だなと思っていました」。技術職でありながらラボという現場で顧客とダイレクトに向き合った経験が、研究開発と顧客の実生活の双方にバランスよく目配りしなければならないパイロットプロジェクトにもつながっている。

プロフェッショナルな技術と、現場の肌感覚。両者をつなぐ仕事についての自覚は、意外なところに源流があった。大学のときに所属した茶道部の活動だ。

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大学の所在地は京都。せっかくだから京都らしいことをしたい。それに、茶道部に入ると重要文化財で一般非公開の寺院にも入れてもらえる。建築を学ぶ学生としてのそんな"下心"もあっての入部だったが、振り返ると「住ムフムラボ」の仕事と茶道部のお茶会(写真右)には共通するところがあった。ラボのワークショップで技術について直接、顧客に説明すると「そんなん要らん」とばっさり言われることもあった。一方で技術者として思っていた以上に「求められている」と実感したこともある。そんな体験が研究に取り組むモチベーションにもなった。思えばお茶会も同じだ。訪れる家族や友人など一般の人々をもてなしつつ、茶道の世界について分かりやすく伝える。もてなしつつ、伝えるという両方があるところ。

現在所属するプラットフォームハウス推進部でも、年次的に課長職とチームの若手メンバーの間に立って、課題を確認し、整理し、資料にまとめるといった仕事が増えてきた。デザインがとても得意なわけでも、プログラミングに秀でているわけでもない自分が取り組むべき仕事とは、そういう領域ではないか。「技術職といいつつ、自分にはいったい何ができるのかと悩まない日はありません。でも今は、もちろん最低限の知識は必要ですが、すべての技術が分からなくても、俯瞰した目線で考えたり、まとめたりすることで貢献ができるのではないかと思えるようになりました」

現場との接点という意味では、こんな仕事も記憶に残っている。入社2年目、ある研究施設の建築プロジェクトで、断熱材などの内装工事の設計担当になった。東京にある工事現場に大阪から何度となく通い、作業着にヘルメット姿で大勢の職人に交じった。スケジュールに余裕がないプロジェクトで、先輩社員も多忙を極める。2年生とはいえ、現場では技術職という立場に変わりはない。職人から何かを尋ねられたら「分からない」と即答するのではなく、まず自身で考え、対応することを求められた。分からないなりに頑張るということを学んだ。

女性一人の当時の現場には着替える場所もなく、また朝も早いため、東京に向かう新幹線には作業着で乗り込んだが、女性の作業着姿は駅や車内ではやはり目立つ。「開き直って少し図太くなりました」。半面、現場では「お嬢様」として軽く扱われるのではないかと危ぶむ思いもあった。しかし実際は、経験も全くない自分を「大変だな」と気づかって一緒に頑張ってくれる職人がほとんどだった。こうやって現場はできていくんだ、という実感は今の仕事にも生きている。

自分の軸は変わっていない

HED-Netの技術開発に終わりはない。家は長い時間を過ごす場。それゆえに、そこに住むことで健康状態を管理でき、長く暮らせるというのは家づくりの大切な機能となる。そうした便利な機能を誰もが抵抗感なく「生活に染み込むような形で」取り入れていくのが理想だ。

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後輩に教えてもらったり、先輩後輩関係なく一緒に考えたりすることで学ぶ事柄も多い

機能的であることの心地よさが裏打ちする空間としての心地よさ。興津さんはそんな「心地よい環境」に興味があり、共感し、大学での研究テーマから一貫して追い求めてきた。そんな興津さんの原点となったのが、中学、高校と6年間通った神戸女学院(兵庫県西宮市)の校舎だ。米国出身の建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの代表作で、国の重要文化財にも指定されている。「きれいな、格好いい校舎で、でも見た目のデザインだけでなく、生徒が使いやすい工夫が凝らされています。たとえば掃除のときにほうきで掃きやすいように角が丸くなっていたりします」。使いやすさを第一に考えることで生まれる美しさ。そういう場で月日を重ねる中で無意識に感じていた建物の力が、大学で建築を学ぶことに、仕事として家づくりを選ぶことにつながった。

「やっぱり、心地よさがあるかどうかが最も大切な部分です。自分の軸は変わっていないんだ、と改めて思いました」

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