STORY メドトロニック vol.1

女性がリーダーシップを執る世の中へ 社員グループが促す改革

日本メドトロニック/コヴィディエンジャパン
鈴木佳那さん 木村真弓さん 堀本裕紀さん

"I dream of a world where women lead."(女性がリーダーシップを執る世の中になることを願います)――。創業者(=男性)がこんな夢を掲げたグローバル企業がある。医療機器の世界最大手メドトロニック(アイルランド)だ。日本メドトロニックなど日本法人3社(東京・港)では女性社員がもっと活躍しやすい環境を整えようと、社員がボトムアップで働き方改革を考えるボランティアチームが活動している。社内横断チームをまとめるのは男女3人の中堅社員。新型コロナウイルス禍で仕事も生活も新たなスタイルが求められるなか、女性社員の悩みや不安に寄り添い、前向きなキャリアを築けるような環境づくりに熱い思いで挑んでいる。

社員が悩みをひとりで抱え込まないように

米国の大学を卒業し、外資系コンサルティング会社で7年近いキャリアを積んだ木村真弓さんは2019年冬、日本メドトロニックに転職した。コンサルタント時代にヘルスケア業界を担当。患者の命を守る医療の仕事に間接的に触れるなか「現場・顧客にもっと近い仕事に携わりたい」との思いが募ったという。転職先選びで重視したのが、出産や育児などライフイベントを経ても長く働き続けられる会社であること。関連企業を研究するなか、メドトロニックでは男性社員も含めて「女性の健康検定」を受検していることに着目。さらに女性社員の働きやすさを追求する社員グループの「メドトロニック・ウィメンズ・ネットワーク(MWN)」の存在を知り、「転職先を決めるきっかけのひとつになった」。

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木村真弓さんは入社してすぐに女性活躍を支援する社員グループ「MWN」に参加した

メドトロニックの日本法人3社(日本メドトロニック、メドトロニックソファモアダネック、コヴィディエンジャパン)は心臓ペースメーカーや手術支援機器などを医療機関向けに販売している。従業員数は合計約2400人、うち女性は3割を占める。MWNは社員同士の横のつながりを広げ、女性が活躍しやすい環境づくりを進める組織としてグローバルでは1990年、日本では2012年に発足した。社員が自発的に参加して企画・運営するのが特徴で、会社がダイバーシティ&インクルージョン(D&I=人材の多様性と包摂)の取り組みの一環として活動をサポートしている。

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MWNの活動はグローバルだ。3月末にはアジア太平洋地域11カ国それぞれのMWNのリーダーたちがビデオ会議で一堂に会し、女性社員の活躍をテーマに意見交換した

木村さんは入社後すぐにMWNに参加した。女性活躍の支援活動に関心があったほか、中途入社のため「部門を越えて他の社員とのネットワークを早くつくりたい」との目的もあった。MWNには約30人の社員が所属し、社員同士の情報交換の場を設けたり、キャリア形成や家庭と仕事の両立をテーマにしたセミナーを企画開催したりしている。「ネットワーキング」「メンタリング」「プロフェッショナルデベロップメント」「ワークライフバランス」「MAC (Men's Advocator for Change)」の5つのサブグループ(分科会)があり、木村さんは「メンタリング」グループに入って女性社員が悩みや課題を相談できるサークルのファシリテーターとなった。

サークルに参加する社員が打ち明ける悩みは様々だ。仕事関連だけでなく、個人的な悩みもある。「出産、育児、介護など先輩社員の悩みや体験談は人生の勉強になる。話を聞いて、自分のなかにもアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)がないか意識するようにもなった」と木村さんはいう。メンタリンググループの最大の役割は、社員が信頼して話ができる安全な場所を提供すること、そして社員の気持ちに寄り添うこと。悩みや不安の解決につながらなくても「社員が悩みを一人で抱え込まないでよい環境があることが大切だとわかった」。

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外資系コンサルティング会社での経験を本業の事業・マーケティング戦略の立案だけでなく、女性活躍の環境づくりにも役立てる

木村さんの会社での業務は心臓ペースメーカーなど循環器系の医療機器の事業戦略やデジタルマーケティング戦略を立案する6人のチームのマネジャーだ。コンサルティング業界で培った経験は、本業に生かすとともに、女性活躍の環境づくりにも役立てたいとの思いがある。2021年初めにはMWNの共同リーダーに就任。コロナ禍で社員のほとんどが在宅勤務を続けるなか、「各サブグループのリーダーたちと連携しながら、これまで以上に社員同士のコミュニケーションを促し、社員同士がつながる機会を提供していく必要がある」と前を向く。

社員をつなげ、孤立をなくす

MWNのもう一人の共同リーダーは、IT関連企業に約8年間営業職として勤務したのち、2014年に中途入社した鈴木佳那さん。首都圏と九州・沖縄エリアで約5年間、脳梗塞やくも膜下出血といった脳血管疾患の治療領域の営業を担当した後、2018年からは同じ領域で社員教育を担当する。MWNには転勤先の福岡から東京に戻ったタイミングで参加した。社員同士が所属部門を越えてつながる機会を提供する分科会「ネットワーキング」グループの一員として活動。2020年初めにMWN全体の共同リーダーのポストを打診され、「自分にはリーダーシップが足りない」との課題意識もあって「チャレンジしよう」と引き受けた。

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MWNの共同リーダーを務める鈴木佳那さん。女性社員がキャリアをあきらめることのない会社づくりを目指す

鈴木さんは入社2年目にMWN主催のパネルディスカッションで聞いた先輩女性社員の話が忘れられない。「いまキャリアを継続できているのは、たまたま担当エリアが自宅に近かったり、家族の育児サポートがあったりするなど幸運が重なったから――」。営業として仕事と育児を両立させていた先輩は「ドミノが1個でも倒れたら働き続けられない」と打ち明けた。自分の周りにもぎりぎりで働いている人がいないか、鈴木さんはそれから考えるようになる。MWNのリーダーとなったいま、「女性社員がライフイベントでキャリアをあきらめたり、仕事のモチベーションを下げたりすることがないように周囲の社員がサポートして壁を乗り越えられる環境をつくっていきたい」と視座は高い。

営業現場を歩んできた鈴木さんは、社員がつながることの有用性をとりわけ強く感じている。メドトロニックの営業担当は自宅から病院などへの直行直帰がほとんど。オフィスに出社する機会が少なく、会社の同僚に何日も会わないのは珍しくない。特に地方勤務はその傾向が顕著だという。「ちょっとしたことを気軽に相談できる仲間が近くにいない。女性同士でないと話しにくいこともある。部署や職種を越えて社員同士をつなぐことができれば、困った時などに心強くいられるし、多様なキャリアや働き方を知ることにもつながる」

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脳血管内治療用医療機器の営業経験を積んだ鈴木さんはいま、後輩の営業社員のトレーナーを務める。将来はトレーナーを育成するトレーナーになりたいという

日本の医療機器業界は女性の営業職がまだまだ少ない。D&Iを進めるメドトロニックも女性営業を増やしているとはいえ、まだ低い水準だ。会社は女性社員が長く働き続けられるように産休育休時のバックアップ体制を整えるなど働き方改革に取り組んでいるが、車の両輪として支援制度とともに必要なのが社員の意識改革。鈴木さんは「MWNが女性社員を精神面でサポートし、キャリアをあきらめたり、モチベーションを下げたりするようなアンコンシャスバイアスを取り除きたい」と意欲を語る。現場の不安や要望を吸い上げ、それを会社の経営層に伝えて、女性社員がキャリアを続けられる環境整備を促すのがMWNの大きな役割という。

男性社員の意識を変える

「営業の女性社員が辞めない会社にしていきたい」。コヴィディエンジャパンで手術用製品の営業をする堀本裕紀さんは、そんな思いで2020年にMWNのサブグループのひとつ「MAC」のリーダーを引き受けた。MACは「Men's Advocator for Change=変化を支持する男性」の略。MWNは最初の6年ほどは女性社員だけで活動を続けてきたが、女性が活躍できる職場づくりには男性の意識改革も欠かせないとして2018年にMACを立ち上げた。「D&Iは性別など関係なく、だれもが自分たちの課題として捉えなければ実現できない」と堀本さんはいう。

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女性活躍を支える男性社員の組織「MAC」のリーダーを務める堀本裕紀さん

堀本さんは証券会社勤務を経て2011年に中途入社した。首都圏や北海道・東北で営業を続けるなか、これまで同僚の女性営業が様々な理由で辞めていく姿を何度か見てきた。相談を受けても力になれずに不甲斐なく感じたこともあり、「何とかしたい」との思いをずっと抱いていたという。札幌から北関東の営業に異動となったタイミングでMWNに参加。MACの活動は「まさに自分がやりたかったこと」と、本業のかたわらで積極的に関わり始めた。

MACのリーダーになった堀本さんは、新たに活動に参画する営業マネジャーを募集した。「直行直帰型の営業社員にとって"職場環境"とは直属の上司である営業マネジャーそのもの。女性営業が働き続けられる環境にするにはマネジャーのマインドセット(心的態度)が重要」との考えからだ。どれだけ集まるか不安だったが、ふたを開けてみると約20名のマネジャーが新規に応募。既存メンバーを含め、MACは41名(うち4名はMWN兼務)が参画する組織になった。「自ら変革を促したいと考えていたマネジャーのほか、女性の営業社員が増え、部下のために何をしたらよいか分からないというマネジャーが活動に加わってくれた」という。

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「女性の営業社員がキャリアを続けられる環境は上司の営業マネジャーのマインドセットがカギを握る」。営業社員でもある堀本さんはボトムアップで意識改革を促していく

MACとして具体的な成果が出てくるのはこれから。コロナ禍のためメンバーはオンラインで会合を重ねながら、一部の部門が先行導入し、全社で試験的に採用している育児・介護の支援制度のノウハウを共有するなど環境づくりを模索している。堀本さんは「営業だから売り上げだけを追い求めていればいいという時代ではない。マネジャーは社員の働き方なども意識するように、MACの活動を通じて啓発していきたい」と語る。

創業者の夢の実現に向けて

メドトロニックには製品分野ごとに4つのポートフォリオ(事業本部に相当)があり、そのトップ4人のうち2人は女性だ。またメディカルサージカルポートフォリオにいる5人のリーダーのうち3人を女性が占める。会社全体の女性管理職比率は現在18%で年々高まってきている。しかし営業職については女性マネジャーがまだまだ少ないことがジェンダーダイバーシティの観点では課題とみている。MWNの活動を経営側から支援している日本メドトロニックの熊野恵造バイスプレジデントは「営業マネジャーを任命する上の立場の意識も変える必要がある」と、上層部の理解を進める会合を重ねるなどしている。

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MWNの活動を経営側から支援している熊野恵造バイスプレジデント

メドトロニックの創業者アール・バッケン氏(1924~2018)が掲げた冒頭の言葉、"I dream of a world where women lead."は、彼が長年書き連ねていた自らの夢のひとつだ。いまこの言葉が社内でも改めて見直されているという。「イノベーションを生むにはダイバーシティがきわめて大切との認識は会社全体で共有されている。女性社員・管理職の比率を高め、ジェンダーダイバーシティが当たり前となり、話題にすらならない世界の実現を目指していく」。熊野氏はそう力強く語った。

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コロナ禍によって対面で社員を集める活動が難しくなり、MWNのリーダーたちは社内SNSを活用して社員同士のコミュニケーションを促すなど新たな取り組みを始めている

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