STORY ECC vol.9

人を大切にする会社で育ち、次世代を大切にする喜びを体感

ECC 外語事業本部 営業推進課 ゼネラルマネジャー
三浦 律子さん

人を大切にする会社――。聞きようによっては抽象的でとりとめのないキャッチフレーズに感じられる。だがECC外語事業本部でゼネラルマネジャーを務める三浦律子さん(57)にとって、自身の入社試験で会社から聞いたその一言が、その後、30年以上にわたるキャリアで最大の「指標」となった。大切にしてもらったから今の自分がある。大切にしてもらったから後進も大切にする。そんなバトンリレーを通じて、新しい時代の語学教育のカタチを切り開く。

リズと呼ばれた日々

「目の前の女性スタッフがいきなり『リズ!』って叫んで抱きついてきたんです!」――。数年前、とあるイベントの打ち合わせでドイツ領事館に出かけたときの出来事を振り返り、三浦さんは声を弾ませた。

ECCでは日常、スタッフを英語名のニックネームで呼ぶ。三浦さんの場合、名前が律子だから「リズ」。20代のころから変わらず、講師やスタッフ、生徒たちにもそう呼ばれてきた。領事館のこの女性は、かつて三浦さんが学校責任者(SD=スクールディレクター)をしていた淡路校(大阪市)で担当した生徒だった。二十数年ぶりの再会。英語学習にがんばって取り組んでいた、かつての中学生がそこにいた。聞くと大学ではドイツ語を専攻し、ドイツにも留学して領事館に就職したという。「ここで働けているのもECCのおかげ。そう言われてほんとうにうれしくて!」

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学校責任者、エリア長、管区長とマネジメント畑を歩んできた三浦律子さん

ECCに入社したのは1985年。関西外国語大学の英米語学科で学び、語学に関係する仕事を志した。70年に開かれた大阪万博の余熱もあり、語学習得熱が高まっていた。とはいえ海外旅行も今ほど身近ではなく、英語学習の環境も未成熟。だからこそ「英語を学んで、勉強して、海外に行くんだ」という思いに皆が胸を躍らせていた。三浦さんは子供時代、テレビの人気番組「兼高かおる世界の旅」が好きだったという。女性ジャーナリストが世界各地を巡って映像、情報を届ける長寿番組。「覚えていないんですけど、親に言わせれば『兼高かおるさんになりたい』って言っていたそうです」

ああ、大切にしてもらえるんだ

就職活動でたくさんの会社を回っていると、受ける側も混乱してくる。「御社の特徴は?」。そんな逆質問を放った結果出合ったのが「うちは人を大切にする会社です」という一言だった。発言の主はECCの人事担当者。試験会場の雰囲気もフランクで明るく、「ああ、大切にしてもらえるんだろうな」と腑(ふ)に落ちた。入社後の配属先は西宮北口校(西宮市)の運営スタッフで、責任者だった先輩社員がのびのびと仕事をさせてくれた。いま思えば、それが良かった。

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ECCの次世代を担ってくれる後輩をたくさん育てたい

担当をしていたキッズコースには、当時300人ほどの子どもが通ってきていた。レッスンの前後、一緒になってワイワイガヤガヤしゃべっていると「外に出て授業を受けたい」という声が上がった。アウトドア好きの外国人講師も話に乗ってきて盛り上がった。「青空教室って言ってますけど、連れ出してもいいんでしょうか?」。上司に話を持ち掛けてみると、「1回やってみるのもいいんじゃないか」。安全面の備えはどうか。安いバス会社を知っている人は――? あれよあれよのうちに、夏休みにバス3台を連ねた泊りがけのキャンプが実現した。入社2~3年目のことだ。キャンプファイヤーも、飯盒(はんごう)でご飯を炊くのも楽しかった。

キャンプは夏休みの恒例行事になった。参加した生徒も喜び、保護者も喜ぶ。紹介の輪が広がり、生徒数が増えていく。売り上げ増にもつながった。自然と営業の醍醐味も、勉強できた思い出の一つだった。もっとも、言い出しこそすれ、自分だけの力で実現したわけではない。「本社への申請など、自分には見えないところで、きっと上司があれこれ配慮してくれていたはずです」。新人の自分がそうだったように、いまも若いスタッフはあれこれとやりたいことを胸に思い描いているはず。そんな若手の背中を押す立場になってみると、西宮で上席だった先輩のすごさが分かる。自分の力で仕事をしていく面白さを若手にいかに体感させるか。現在の自分の仕事にもつながっていると思うし、うれしかった体験は引き継ぎたい。

均等法受け女性初の学校責任者に

入社から5年が過ぎた90年、伊丹校(現阪急伊丹校、兵庫県伊丹市)のSDに転任した。男女雇用機会均等法の施行を背景に、ECC外語学院では女性初の学校責任者。女性の組織トップがそもそも珍しかった時代だ。「責任者を呼んで」「私です」「あなたじゃなくて、責任者」。社会人の生徒にあいさつするとよく驚かれた。当時、学校のスタッフは「先生」と呼ばれていた。どっしり構えて頼りがいがある男性スタッフには似つかわしいだろう。だが、一方で距離があって怖い感じでもある。自分はそうじゃないだろう。気軽に寄ってもらい、わいわい笑いあえるような関係がいい――。用がなくても顔を見せに来てね。そんな働きかけを1年7カ月の在籍中、徹底したのだ。転勤で同校を去る際の送別会は、大人の生徒らと夜通し行われた。抱えきれないほどの花束とプレゼントが思い出だ。

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学校責任者の職を歴任。立場の重さも身をもって体感した

伊丹校、そして次の職場の淡路校で経験を積み、自分なりの方法論を見つけて東梅田校(現 阪急グランドビル梅田校)のSDに転じた。2000人もの生徒を抱える同社屈指の大規模校だ。30代前半。ビジネスライクな都心の学校こそアットホームな校風を、と意気込んだが、スタッフから「そんなの無理」「ここは違う」と反発が飛び出した。冬休み初日の大掃除には、自分以外の誰も出社しなかった。講師もおよそ200人とこれまでの学校より、けた違いに多く、さまざまな思惑が交錯する真っただ中の現場に飛び込んでしまった。

「ちょっといいですか」。大勢のベテラン講師たちに囲まれ、積もり積もった言い分を1時間以上詰問された。曰く、クラス開講基準の見極めを安易に採算だけで決めていないか。給与計算(当時は手計算)のミスが多いのではないか。忙しいのは分かるがもっと連絡を密にとってほしい――。自分だけの落ち度ではないとはいえ、「何考えてるの!」と強く迫られ、責任者の立場の重さを思い知らされた。

自然体が一番。弱みをさらけ出すのも大切

孤軍奮闘状態を打開したのは生徒との交流だった。自ら新規カウンター業務、生徒カウンセリングを率先して、数多くこなし、顧客とのつながりをつくった。「リズって呼んでくれる『なじみのお客さん』を増やしていこう」。そんな一念だった。その結果アットホームな学校の空気づくりができ、スタッフにも自然体で接することで、結果的に、なんでも相談できるようになった。自分の「弱み」をさらけ出すことができるようにもなった。「2000人規模ともなると周囲を頼りにしないと回らないので。一緒に学校づくりをしていくプロセスを大切にしました。生徒も講師もスタッフも一緒につくる学校が、とても楽しくなってきました」

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マネジメントは一人でできるものではない、と思い至った

そのころの経験から生まれ、後にECCの組織に反映されたマネジメントの仕組みがある。「新人SDにとって、学校の課題は満載。相談しようとすると、当時は本部の役職者の方くらいしかいなかった」。そこで、大きな学校のSDが横につながり、新任SDでも孤立せず、スムーズな学校運営ができるような仕組みを有志で立ち上げた。ちょうどアイドルグループ・SMAPの人気が出始めたころで「SMAT」と名乗った。スクール・マネジメント・アシスタント・チーム。「力を合わせてがんばります! なんて名前を連ねてね。みんながむしゃらにやっていた時代でした」。SMATの会議はほどなく定例化され、現在は「エリア制度」としてECC外語事業部の組織体系に正式に位置付けられている。

マネジメントの軸を持つ

大規模校のSD、北大阪エリア長、そしていくつかのエリアを束ねる管区の営業マネジャー。三浦さんは入社以来、一貫してマネジメントの仕事に携わってきた。人が集まって作られる組織をうまく動かしていくために必要なことは? 「しっかりとした軸を一本持っていることが大事だと思う。私の軸は入社試験のときに聞いた『人を大切にする』という言葉で、ずっと変わっていないんです」。就職活動で耳にした言葉が、今もって自身の仕事の支えになっているのは幸せなことだろう。「だから、自分が関わる学校、エリア、管区、組織では最初にその話をします。私は人を大切にしたい。人を大切にする運営をしてほしい、って」。そうすると皆、すっと話に入り込んできてくれるという。

営業や予算達成はもちろん会社の重要テーマだ。当然そのことも話す。しかし、大事にしてきた軸は変わらない。「抽象的な言葉だから入社したときは分かっていなかったかもしれない。でも、西宮時代のサマーキャンプにしても、先輩方が親身になって話を聞いてくれた。大切にされているな、すごく。そう身にしみて感じながら育った」。それがECCの土台であり、文化だと感じている。それを大事にして、受け継いでいるのだ。

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オフは南の島へ。オンとオフをうまく切り替えるのが長く続けるコツ。旅先ではいろいろな出会い、食、お酒を堪能する(タヒチ島、ダイビング船にて)

外語事業部 外語渉外課のリーダー、叶真吾さん(50)は、入社以来、たびたび三浦さんと仕事を共にしてきた。2003年、三浦さんが中部管区長として名古屋に赴任する際も、上司の「やりやすい人を連れて行って」という指示に、迷わず名前を挙げたほどだ。「大切にしてもらいました。いいことばかりではなく、ものすごくぶつかるときももちろんあります。でも、人を大切にする、というのはそのままですね」。叶さんは縁が深い先輩をこう評する。

「叱られても立ち向かう気力が湧く」

大切にされていることは、とりわけ失敗をしたときに実感する、と叶さんは強調した。フォローの仕方しかり、叱り方もそうだ。「叱られている理由ももっともなのですが、それ以上に、叱り方が上手」。叱られる本人が分かっている事柄はくどくど言わず、ぐうの音も出ないところを一突きする。「私の場合はそれだけで言い訳の余地もなくなり、課題が明確になるので、問題にすぐに立ち向かう気力が湧くんですよ」(叶さん)。気がつけば成長させてもらった、と思えるのは、入社からずっとマネジメント畑を歩き、たくさんの人を見てきたからだろうと叶さんはみている。「多少個性的な部下でも経験値で扱える。でも、それは部下一人ひとりを意識して、見ていないとできないことだと思うんですよね」

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同僚、部下を大切にしていることは叱られたときに分かる、と叶真吾さんは話す

三浦さんは「マネジメントは一人でできるものではないですから」と話す。同じ目的に向かって走るチームをつくることが何より重要だと思っている。心掛けているのはチーム全体を俯瞰(ふかん)して適切なフォローをしていくことだという。「ある時は先頭で。またある時は並走したり、後ろから追いかけたり。自分の立ち位置を考えながら運営するようにしています」

次世代の人材づくりはミッションであり、やりたいことでもある

入社から35年、語学学校を取り巻く状況も大きく変わってきた。入社当時は英語そのものを学ぶことが「目的」だった。他社が"駅前留学"を掲げて多くの生徒を集めたバブルのころは、語学は「楽しみ」だった。いま求められているのはツールとしての英語だ。「英語を使って何をするのか」。語学学校はそのビジョンを示し、メニューを提供しなければならない。日本の社会で英語の位置づけが変わった。「そこに追いつき、むしろ先駆けて走らなければならない」。そんな緊張感を持って仕事をしている。

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社会人として仕事をするのは楽しい、と後輩に伝えたい

そのためにも、次世代を担ってくれる後輩をたくさん育てたい。それが自らに課せられたミッションでもあり、自分のやりたいことでもある。「ECCのおかげ」「リズがいてくれたから」――。そういう言葉をたくさんもらえる仕事はあまりない、と思う。その楽しさを、もっともっとたくさんのスタッフに体感してほしいと日々考えている。

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