イベントリポート

多彩な制度にロールモデル、変わり始めた女性研究者の環境

女性の活躍の場がどんどん広がる一方で、まだ少数の人しかいない職種もあります。研究現場もそのひとつです。何が壁として立ちふさがり、どうすればもっと多くの研究者を、さらには国内初の女性ノーベル賞受賞者を生み出すことができるのでしょうか。日経ウーマノミクス・プロジェクト実行委員会が5月29日に大阪市で開いたフォーラム「ダイバーシティ研究環境整備と女性研究者の未来」から、解を探ってみました。

多様性あるチーム、優れた解決策見出す

当日、会場に集まったのは350人。多くの高校生も顔を見せ、産学それぞれの立場から出される活発な意見に耳を傾けました。最初に、IT(情報技術)大手シスコシステムズ(東京・港)の鈴木みゆき代表執行役員社長が登壇。「ワークスタイルの多様化が人材を育てる」と題したキーノートスピーチが始まりました。

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シスコの鈴木社長は国内外の企業で要職を歴任した

鈴木社長はデジタル化が急速に進んでいる今、あらゆる業界で競争環境が劇的に変化していると指摘します。日本も様々な成長機会が生まれており、これをつかむためにも「多様な人材を受け入れ尊重しあうインクルージョン(包容力)とダイバーシティ、働きやすい環境を提供し生産性を高める働き方改革、リスクを恐れずチャレンジする風土づくりを進めること、の3つが日本の大きな課題となる」と強調しました。

シスコでは全社員を対象にしたテレワークの推進を2008年に宣言し、革新的な働き方を実践しています。育児・家事と仕事を両立している男性社員、上級エンジニアとして海外の開発者と働く女性という2人の事例を紹介。多様なワークスタイルを実現し、社員がアイデアを出し合うコラボレーションを推進するため、社員の共通の価値観となる企業風土を育て、人事プログラムをはじめとする制度を整え、テクノロジーを推進していると続けます。

企業経営に欠かせない存在となったダイバーシティについて、鈴木社長は重要性を訴えます。「異なる人々が理解しあうには、大きなエネルギーや努力が必要になる。それでも、変革が必要な時代には多様性を備えるチームの方が明らかに優れた解決策を見出すことができ、創造性に富んでいる」

しかし、現実の日本社会はそうなっていません。男女格差を測る世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数(2016年)で、日本は対象国144カ国中111位でした。鈴木社長は個人的な見解と前置きしたうえで、日本の女性が働くことに難しさを感じる背景として「女性の行動様式に対する固定的な見方が、女性のリーダーとしての能力評価に悪影響を及ぼしているのではないか」とみます。

これらを踏まえ、最後にキャリア形成に役立ったと考える9つの人生哲学を披露し、働く女性にアドバイスをしました。他人がどう思うかあまり気にしない、野心的過ぎない、人と接することを楽しむ、失敗・恥をかくことを恐れない――。「参考になればうれしいのですが」と添えて、講演を締めくくりました。

企業と大学の交流進む

続いて、主題である「ダイバーシティ研究環境整備と女性研究者の未来」をテーマにパネル討論が開かれました。パネリストはオムロンの瀧川えりなさん、シスメックス研究員の角中ちひろさん、ダイキン工業研究員の安本千晶さん、大阪大学教授の加藤隆史さん、京都大学准教授の船曳康子さん、神戸大学副学長の内田一徳さん、大阪市立大学准教授の中台枝里子さん、大阪府立大学准教授の牧浦理恵さん、関西大学准教授の小尻智子さん、関西学院大学准教授の平賀純子さん、甲南大学講師の川内敬子さん、同志社大学教授の平山朋子さん、立命館大学教授の小池千恵子さんの13人で、皆さん企業や大学の研究者として活躍されています。コーディネーターはシンクタンク・ソフィアバンク(東京・千代田)代表の藤沢久美さんが務めました。

討論ではまず、女性研究者がどのようにキャリアを積んできたか、パネリストの方々の経歴を紹介しました。大阪大とダイキンは、企業と大学の両方に籍を置いて研究できる「クロスアポイントメント制度」を4月に導入しています。大阪大の助教に着任したダイキンの安本さんは「深い知見がなかった睡眠生理の分野について技術の蓄積ができ、自社では考えなかった研究領域へチャンスも広がりました」と新制度の利点について言及。睡眠研究に携わる大阪大の加藤さんも「ダイバーシティではないが、今までと違う形を企業の研究者にみてもらえます」と意義を強調しました。

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左からダイキンの安本さん、大阪大の加藤さん、京都大の船曳さん、大阪市立大の中台さん

京都大の船曳さんは大学卒業後、認知症が専門の内科医としてスタートし、大学院に進学。米カリフォルニア工科大学に留学し、帰国後は日本の大学で臨床・研究を続け、新たな研究分野を作り上げるとともに、3人の子供を育てました。「今は研究室の運営者として、様々な人の状況を最大限配慮し、研究を続けることができる立場を温存することに注力しています」とのことです。大阪市立大の中台さんは大学院の薬学系研究科を修了し、製薬メーカーに就職。その後、大学の研究者に戻り、一定の任期で研究に専念した後に成果を踏まえて常勤教員として採用される「テニュアトラック制」を通じて、現職に就きました。「企業に勤めていたとき、女性研究者の管理職はいませんでした。もし先例がいらっしゃったら、そのまま企業にいたかもしれません」と振り返ります。

育児との両立、可能に

次に、なぜ女性研究者が少ないのか、どうしたら増えるのかについて意見を交わしました。大阪府立大の牧浦さんは、これまでは大学教員が研究室に長く滞在していたため、「家庭を持ったときに仕事を続けるのが無理だと思いがちでした」と分析。「時代は変わり、女性研究者も出ています。育児と両立することは十分可能です」と訴えました。

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左から大阪府立大の牧浦さん、甲南大の川内さん、関西学院大の平賀さん、シスメックスの角中さん

甲南大の川内さんは学部まで男女が同じようにがんばってきたのに、「大学院に進学するとなると、女性は物おじする」と嘆きます。子供のためにも自分のためにも女性が仕事を守ることが求められる時代です。「好きな仕事を続けられるのが研究者。希望を持って進んでほしい」と奮起を促しました。「女性の学部生は年を追うごとに増え、雰囲気も変わってきました」と切り出したのは関西学院大の平賀さんです。「ただ大学院になると女性が少なくなります」と川内さんと同じ問題を指摘します。「解決のカギとなるのは、こんな人になりたいと思い描くロールモデルの存在だと思います」と提言しました。

出産などのライフイベントは何か影響を及ぼすのでしょうか。産休育休中も最新の情報にアクセスできるなど、自社をみる限り支援体制は整ってきているとシスメックスの角中さんは話します。「ただ、一定期間仕事の空白が出ると、男性と同じキャリアを積めるかという不安が完全にぬぐえない面があります。継続的に成長したいという自らの意識と、同じように機会が与えられることが大事だと思います」

やりたいことができる魅力的な仕事

 最後に研究者、リケジョを目指す人たちへのメッセージをもらいました。立命館大の小池さんは「研究は社会の発展に非常に重要です。イノベーション(技術革新)には基礎研究が必須。広い視野でいろいろなことを見ることができる人を育てていきたいと思います」と抱負を述べました。「やりたいことができ、それが仕事でとても幸せです。生まれ変わってももう一度研究者になりたいと思っています」と笑顔がこぼれたのは同志社大の平山さんです。「研究をする、研究者になることがどういうことか、伝えられるイベントがまたあればうれしいですね」と次の機会が訪れることを期待しました。

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左から立命館大の小池さん、同志社大の平山さん、関西大の小尻さん、オムロンの瀧川さん

 関西大の小尻さんは「男女の差をあまり感じたことはなく、幸せに仕事をしています。出産などにこだわって人生プランを考えず、自分が何をしたいか、将来どういう研究したいのか、どのような夢を持っているかを考えれば、困難があっても乗り越えられるのではないでしょうか」と力強い言葉を送りました。オムロンの瀧川さんはこうアドバイスしました。「10年先、20年先のキャリアは想像しにくく、自分ひとりで乗り切るのも大変です。家族や職場の上司なども巻き込み、周囲とのつながりを大事にしながら、一歩一歩前に進んでいければいいですね」

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神戸大の内田さんとコーディネーターを務めたソフィアバンクの藤沢さん

まとめとして、神戸大の内田さんは「昔に比べ風土、カルチャーは変わり、女性研究者が増える環境は整いつつあります。もっと推進するために、産学協同を進め、互いに優れた部分を吸収し、改革すべき点を改め、女性研究者の裾野拡大を目指して、今後もこうしたコミュニケーションを継続したい」と力説。コーディネーター役を務めたソフィアバンクの藤沢さんは「サイエンスの世界に男女差がないという言葉には非常に勇気をいただきました。人間がより豊かに、世界が持続可能な社会になっていくための発明をするという非常に意義のある仕事なので、興味がある人はぜひ飛び込んでください」と締めくくりました。

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