日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

チームの力を高めたい――「伝わる」ことを大切に

有村真美さんは97年に一般職として入社。
15年4月から課長として37人の組織を率いる

 今年のゴールデンウイーク、東京海上日動火災保険の有村真美さん(41)は勤務地の千葉から福岡に飛んだ。4月中旬に起きた熊本地震で発足した災害対策室の応援だ。保険手続きの活動基盤となる拠点で約1週間奔走した。5年前の東日本大震災では首都圏の災害対策室の中心メンバーだった。全国からの応援社員を受け入れる拠点を半年にわたって運営。その経験はキャリア形成の大きな転機となった。

■怒とうの173日間「あなたがいたから頑張れた」

 2011年3月11日、東北・太平洋沖を震源とするマグニチュード9.0の大地震は首都圏にも大きな被害を及ぼした。当時、首都損害サービス部の主任だった有村さんは、東京都や千葉県で被災した契約者に保険金を支払うための災害対策室の事務局メンバーになった。常駐メンバーは3人。その1人として、全国から派遣される応援社員の役割分担や業務の流れを統括する役割を任された。

 対策室への応援社員は、週単位など短期間の交代で次々とやってくる。最大時には約60人規模となった。有村さんは来たばかりの応援社員でもスムーズに顧客応対や保険金支払いの業務に対応できるよう、業務フローなどの体制を整えるために駆け回った。「被災したお客様に早く保険金をお届けしたい。そのためには対策室の活動を早く軌道に乗せなければ……」。未曽有の震災被害を目の前にして、有村さんも多くの社員と同様に保険会社としての使命感を強めていた。

 とはいえ、これほど大規模な対策室の立ち上げは、首都損害サービス部でも初めて。「当初は手探り状態で何から手をつけたらいいか分からなかった」という。使命感は焦りにもなった。昼食を取る時間もないほど様々な仕事に追われる日々。そんなある日の夜10時ごろ、書類の箱詰め作業をしていた有村さんに上司が声をかけてきた。「役割分担をきちんとしたほうがいい。自分でやるべきことと、自分でやらなくていいことがある」。作業に忙殺されている姿を見かねてのアドバイスだった。

東日本大震災で首都圏の対策室の立ち上げと運営を担当。「組織で動く意味と力を実感した」という

 「一生懸命やっているのに……」。有村さんは自分が否定されたような悔しい思いでその夜を過ごした。しかし冷静になってみると、対策室を支える周囲のことが見えてきた。応援社員には、自分がよく知った頼れるエリアコース(旧地域型)の中核社員が交代で来てくれていた。彼女たちと話をし、それぞれのチームに仕事をどんどん任せるように切り替えた。自らは全体の流れの管理や情報の共有、業務改善の指示などに徹した。

 「あの時は各メンバーに本当に多くの注文を出した。それを皆が受け止め、様々な業務を果たしてくれた。個人ではなく、組織だからこそできる仕事だと実感した」と振り返る。怒とうの日々は173日間続いた。対策室が役割を終えたときに、頼りにしたメンバーからこんなメッセージが届いた。「あなたがいたから頑張れた」。有村さんもメンバーに対して同じ感謝の気持ちだった。

■「ダイレクトコミュニケーション」の効能

 有村さんが頼れる仲間との関係を築けていたのは、2年前の09年に首都損害サービス部の「アドバイザリースタッフ(AS)」に任命されたのがきっかけだ。ASは同部傘下の11拠点のリーダーやプロジェクトチームと連携して、会社の施策や部の方針を組織全体に浸透させ、推進する立場。エリアコース社員の業務支援や人材育成の役割も担った。

 97年に当時の一般職として入社した有村さんは自動車保険の損害サービス対応などの第一線を長く務めた。ASになる直前は10人ほどのエリアコース社員をまとめるチームのリーダーだったが、ASになってからは約350人いた部全体の動きを考えるようになった。「それまで接点がなかった多くの管理職や上司たちと一緒に仕事をするようになり、また全国の同じAS仲間や関係各所の様々なメンバーと意見交換するようになり、自分の視野が一気に広がった」という。

 目からうろこだったのが、それまで現場で断片的に得ていた情報が、ASの立場になって全体像としてつながり、個々の業務の背景や目的が自分の中で明確になったことだ。「現場の社員が同じように多くの情報を得て、その意味を理解すれば、仕事のやり方が変わって組織のパフォーマンスも上がる」。そう考え、会社の施策など自らが得た情報を現場の社員にも積極的に伝えようとした。

 ところが、そう簡単ではなかった。意気込んで現場にメールなどで情報を伝えたつもりでも「知りませんでした」「見ていませんでした」といった反応が多かった。「なんだか自分が空回りしている」と感じたという。そんな悩みのなか、当時の上司の言葉が心に刺さった。「人を動かすには伝えるのではなく、伝わることが大事だよ」

できるだけ社員とは直接会って話をする。部下の成長が何よりの楽しみだ

 「伝わる」ために何をしたらいいか。自らが考えたのは情報の一方通行ではなく、相互理解が必要だということ。有村さんは各拠点のエリアコース社員の代表者に会う機会を増やし、自分の言葉で直接話をして意思疎通を図る活動を始めた。「自分が何を考えているかを知ってもらい、相手が何を考えているかを知ることを心がけた」

 相手には自分の思いや考えを積極的に開示した。次第に有村さんに共感するメンバーが増え、互いの信頼関係が強固になっていったという。それとともに伝えたいことが組織全体に浸透するようになった。「伝わる」ことによってチーム全体の力が高まる実感があった。

■「人が育つ」喜びを知る

 15年4月、有村さんは東関東損害サービス部千葉損害サービス第三課の課長に昇進した。千葉、茨城両県で毎月約3000件の自動車事故を扱う37人の組織を率いる。入社当初は自らのキャリアについて考えたこともなかったという。上昇志向が強い自信家タイプではない。与えられた機会に懸命に取り組み、一段一段階段をのぼってきた感がある。

オフは旅行に出かけてエネルギーを充電する。世界遺産にはこれまで114カ所を訪れたという

 課長になるときにも自信はなかった。「これまでの上司のような覚悟のある決断力は、自分にはまねできないと思った」。だが、ASや災害対策室の経験を経て、メンバーに積極的に働きかけて組織を動かすスタイルは自分ならではの強みかもしれないとの思いもあった。「マネジャーのスタイルは他人と同じでなくていい。私なりの方法で組織の力を高められればいい」。今はそんな思いで課長職を務めている。

 有村さんが組織運営で意識しているのはASで培った「伝わることの大切さ」だ。自らが近づき対面で話をすることで、部下が何を感じているのか、何に興味を持っているのかなどをつかみ、そのうえで目標や役割を与える。「人には得意な分野、不得手な分野がある。それを補い合える組織にしたい」。それが組織力を高めると確信する。

 入社以来、一緒に働く先輩たちや同僚たちからいい刺激を受けながら仕事に取り組んできた。課長になった今は、部下の成長が何よりのやりがいになっているという。「組織目標や課題を共有し、部下が主体的に提案したり動いたりする姿を見るのがうれしい」。これまで自分が与えられてきたチャンスを、これからは自分が若手に与えていく。そして自らも組織とともに成長していきたいと考えている。

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