冬を迎え、受験生や受験生をもつ親御さんにとっては、気の抜けない毎日がスタートしました。日程があらかじめ決まっている受験だからこそ、早くからの備えがあれば、憂いも少なくて済みそうです。中学受験は「親子の二人三脚である」とも言われます。親は支援するだけでなく、子どもと一緒に受験する当事者意識をもつことが大切なようです。学校選びから始まる合格への道のりの第一歩は情報収集から始まります。そこで11月22日、日経ウーマノミクス・プロジェクト実行委員会が東京・大手町で開いた日経オヤヂカラセミナー「いま知りたい!中学受験を勝ち抜く親の心技体」をのぞいてみました。
午後7時のセミナー開始を前に、会場には仕事帰りのスーツ姿の男性が目立ち始めました。急ぎ足で会場に訪れた会社員は「うちは小3なので、そろそろかなぁ」と話していました。中学受験に向けた意識がかなり高そうです。「SOYJOY」(大豆バー)をほおばりながら、「からだにやさしい低GI食品」と書かれたパネルに見入っていた別の男性は「うちは小学6年生の娘ですが、妻に言われて来ました」とか。こちらからはこの日「いい夫婦の日」にピッタリな家庭円満の微笑ましさが垣間見えるようです。約300人の来場者のうちの7割ほどが男性という、まさにオヤヂカラを示すセミナーとなりました。
コーディネーターを務める日経CNBCキャスターの榎戸教子さんが早速、パネリスト3人を紹介しました。アドット・コミュニケーション代表取締役の戸田久実さん、四谷大塚教育事業本部第一ブロック長の成瀬勇一さん、東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之さんです。日本アンガーマネジメント協会理事でもある戸田さんは中学受験を乗り切るために心の領域から。四谷大塚のお茶の水校舎長も務める成瀬さんは塾と家庭が一体となって進路を探す際のアドバイスを。瀧さんはこれまでの脳科学の知見を基に栄養と休養で最高のコンディションにもっていくための作戦など。心・技・体の3方向からそれぞれ親の役割と心構えに迫りました。
「親が楽しんでいる姿を子どもに見せる」
特に親御さんが熱心にメモを取りながら聞き入っていたのは瀧さんの話でした。東北大で小児脳発達プロジェクトに日々取り組んでいる、脳科学研究の最前線の知見は興味深かったようです。
脳の基本知識としてまず、子どもの脳は後部(視覚、聴覚)から前部(論理的思考能力など)に向かって発達が進みます。道路に例えれば最初に沢山の道をつくり、ある時点になると使う道は高速道路にしますが、使わない道は壊してしまう。これが脳発達の基本プロセスだそうです。次に脳の発達過程に伴い、何をすれば能力が高まるのでしょうか。瀧さんは言います。生後は抱きしめる。1歳になれば読みきかせを始め、2歳ごろからは知的好奇心が芽生えてくるので、3~5歳ごろからは運動をさせたり音楽を聞かせたり。英語は8~10歳から学ばせるのが良く、小学~中学生の時期は親子の対話を中心としたコミュニケーションが効果的だと言います。さらに知的好奇心を伸ばすにはどうするか。子どもは真似るのが得意です。そこで親が楽しんでいる姿を子どもに見せることが、モチベーションを高める秘訣だと説きます。
「子どもの得意なことをさらに伸ばす」
では、子どものやる気を高めるにはどうすればよいでしょうか。苦手分野を克服させるよりも、子どもをほめること。健康脳の構築には子どもの行動を適切に評価してほめることが大切だと言います。そうやって子どもの得意なことをさらに伸ばしてあげると、子どもは自信につながり、モチベーションも上がるわけです。また、睡眠時間が長い子どもたちのほうが、記憶をつかさどる海馬の体積が大きかったことも研究データからわかったそうです。小学生なら8~9時間の睡眠時間は欲しいですね。まさに「寝る子は脳も育つ」のです。
「朝食は菓子パンよりも低GIでバランスの取れた食事を」
朝食も重要です。食べないなんて論外。脳を機能させるためには、朝食をきちんととることが大切です。では何を食べるのが良いのでしょうか。研究から、菓子パンのように砂糖をたくさん含むものを食べると、血糖値が急激に上がりますが、すぐに下がることがわかっています。子どもたちの脳はダイナミックに変化しています。だからできるだけエネルギーを効率よく持続的に供給することが大事なのです。よって、GI値が低いもの、即ちゆっくり血糖値が上がって長く維持されるものが良いでしょう。菓子パンよりは食パン、食パンよりはご飯がお勧めのようです。もちろん、ご飯だけではなく出来るだけ栄養バランスの取れた食事がいいことは言うまでもありません。5大栄養素だけでなく食物繊維なども大切です。バランスのよい食事になればその分、脳の働きも上がってきます。
「怒りの感情のピークは長くても6秒」
皆さん「アンガーマネジメント」って聞いたことがありますか。さわやかな声で聴衆に呼びかけた戸田さんの「アンガー=怒り」と「マネジメント=後悔しないこと」の真意は、怒りの感情のピークは長くても6秒ほど。だから衝動的な行動で後悔しないよう6秒やり過ごすことがお勧めです。そのために、つかみどころのない怒りを数値化する工夫も披露しながら、怒りに振り回されないようにするコツがつかめてくれば、そのうちに怒りに任せた行動はしにくくなると強調します。身近な人ほど怒りは強くなるという性質があるので自分の怒りのパターンをつかみ、怒りを客観的な仕組みでとらえてみることは是非、実践してみてください。怒りと上手につきあうのです。怒ることは決して悪いことではありません。怒りに振り回されない方法は身につけることができます。さらに「怒りと上手に付き合える人は怒りを、行動を起こすモチベーションにできる」と戸田さんはエールを送ります。
「憧れの学校は試験回数が少ない」
成瀬さんは首都圏を中心とした中学受験者数の推移を豊富なデータを示しながら説明しました。2016年の今年、首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)の小学6年生の中で、7人に1人が中学受験に挑んだそうです。これが東京23区になると4人に1人、文京区や港区、中央区などの都心に限ると2人に1人に高まります。都心では確かに中学受験は珍しいものではなくなっているのです。その上で、麻布や開成など有名難関校といわれる学校は入試が1回しかないのが特徴です。成瀬さんは、志望校を決めるためには10~20校は見学して、気に入った学校は子どもを連れていくことを勧めました。また中学受験でこれからますます求められる力は論理的課題解決能力だと言います。
「スマホの使用は是か非か」
セミナーでは子どものスマホの使い方を巡る会場からの事前質問へのアドバイスもありました。成瀬さんは塾に通う小学生のほとんどがスマホを持っているとした上で「教室の中で使うのは禁止している。スマホは登下校の安全面などを除けば百害あって一利なし。家庭では玄関に置いて、部屋にはもちこませないなどのルールを低学年のうちから決めておいたほうが良い」と述べました。戸田さんも「怒ることと、怒らないこと。どこまでがOKで、どこからがNGか。スマホの扱い方のルールを具体的に明確にして共有しておくことが大切」としました。さらに「親の感情でルールがぶれてはいけない。何が大事なのか、何で守ってほしいのかをはっきり子どもに認識させることが重要だ」と言いました。瀧さんは「一番いいのはスマホを与えるよりももっと早い時期に、世の中にこんなに楽しいものがあるんだと思えるものを子どもに持たせること。ダメといわれればやりたくなるのが人間。ダメだと言って取り上げるのが一番ダメで、脳科学的には逆効果です」と語りました。
中学受験は子どもにとってひとつの通過点です。大切なことは「明確な目標を常に考えること。半年に一回でも子どもに夢を考えさせること。明確な夢の実現に向けて今をがんばる」(瀧さん)ことなのかも知れません。