イベントリポート

プラスチック問題を考える~女子中高生が企業に学ぶサイエンス講義

持続可能な開発は世界共通の目標です。国連は「SDGs」として具体的な目標を掲げ、多くの企業が賛同して行動に移しています。私たちに身近なプラスチックのごみ問題は、人類が持続可能な開発のために解決しなければならない課題のひとつです。プラスチック材料を生産する東洋紡はこの環境課題の解決に科学技術の力で挑んでいます。地球への環境負荷を最小限に抑えながら豊かな暮らしを実現する――その最先端の取り組みを伝えるサイエンス講義が私立中高一貫の女子校、洗足学園中学高等学校(川崎市)で2020年12月16日に開かれました。未来を担う若い世代に、より良い世界に変えていく想いと努力のバトンをつなぐ試みです。

循環型社会の実現へ貢献 東洋紡の挑戦

サイエンス講義は中高校生を対象に、企業や研究機関の専門家が実社会におけるSTEAM(科学・技術・工学・アート・数学)関連の最新事例を教え、その関心を高めてもらう取り組みです。日経サイエンスと日本経済新聞社が協力して企画しています。この日のテーマは「海洋プラスチックごみ」と「地球温暖化」の2つの環境課題を抱えるプラスチック問題。レジ袋の有料化などで中高生にも関心が高いテーマで、洗足学園には魚が誤飲しない工夫をしたレジ袋を企画開発した生徒もいます。中学3年生と高校1年生の希望者約30人が受講しました。

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洗足学園は神奈川県内の女子校でトップレベルの進学校。サイエンス講義は中3と高1の希望者約30人が受講した

教壇に立ったのは東洋紡が環境戦略部門として昨春新設したリニューアブル・リソース事業開発部の久保田冬彦部長と、同社総合研究所で環境負荷の少ないプラスチック材料を研究開発する龍田真佐子さんです。

講義ではまず久保田部長が東洋紡の歴史や製品群を紹介しました。明治時代に実業家の渋沢栄一が紡績で創業した同社は、いまでは合成繊維の技術を応用して、フィルムや自動車部品用プラスチック、ヘルスケア製品など幅広い事業を手がけています。例えば国内コンビニエンスストアに並ぶ飲食料品の約7割に何らかの同社フィルム製品が使われているそうです。2010年からプラスチックの環境問題への対応を本格化し、リサイクルしやすいペットボトル材料や植物由来のプラスチック関連製品を開発・実用化しています。

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東洋紡の久保田冬彦リニューアブル・リソース事業開発部長は、同社が進めるプラスチックの環境対策などを解説した

生徒たちはプラスチックが石油を原料に化学合成で作られること、ポリエチレン(レジ袋などの材料)やポリプロピレン(プラ容器などの材料)など物性の異なる多種多様な素材があることなどの基礎知識を確認しました。またペットボトルの原料になる素材のポリエステルを例に、重合反応による製造法やリサイクルの方法などを学びました。「毎日使っているのに、これまでプラスチックのことはよくわかっていなかった」とは生徒の声です。

「環境に悪いならプラスチックを使わない選択肢もあるのでは」と質問する生徒もいました。久保田部長は「悪い面も確かにありますが、プラスチックは世の中に役立つことが多く現代社会には欠かせない素材です。だからこそ悪い面を減らす取り組みが必要」と応え、環境負荷をさらに減らせるプラスチックの研究開発や事業化に力を入れて循環型社会への貢献に挑んでいると語りかけました。

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参加した生徒たちは熱心にノートをとっていた

2つの環境課題にはそれぞれ異なる対策が必要

次に龍田さんがプラスチックが抱える2つの環境問題について、それぞれ異なる対策が必要なことを解説しました。第1の海洋プラスチックごみ問題では、プラスチックごみが海に大量に流入して微小なマイクロプラスチックとなり、自然界にいつまでも残ることで、生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されています。これはプラスチックの安定性がもたらす課題です。自然界の微生物によって水と二酸化炭素に分解される「生分解性プラスチック」への切り替えが対策の1つとして進められていますが、プラスチック製品に求められる耐久性(安定性)と自然界での分解性は相反する性質。「両立させるのは難しく、チャレンジングな研究テーマになっている」そうです。

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東洋紡の総合研究所に所属する龍田真佐子さんはプラスチックが抱える環境課題を深掘りして解説した

第2の問題はプラスチック原料が石油のため、燃やすと地球温暖化の原因となる二酸化炭素を増やすという点です。日本のプラスチックごみのリサイクル率は8割超ですが、再び製品として生まれ変わるのは3割弱で、6割弱は燃料として再利用される熱回収です。こちらの対策としては石油の代わりにトウモロコシやサトウキビなどの植物を原料とするプラスチックに切り替える方法があります。例えば東洋紡では現在のペットボトルに使用されている素材であるPET(ポリエチレンテレフタレート)の代替として、100%植物由来の素材「PEF(ポリエチレンフラノエート)」の開発をオランダの企業と共同で進めています。本格商業化は2030年頃を目指していて、飲料容器の主流が「ペフボトル」という時代になるかもしれません。

ただ、プラスチックには多種多様な素材があるため、現在の植物由来の材料ですべてのプラスチック製品をカバーすることはできません。龍田さんは「様々な物性を持った材料を開発していく必要があります」と、さらなる研究で課題解決に取り組む意欲を示しました。

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新型コロナの感染予防のため、講師2人は自己紹介の時以外はマスクとフェイスガードをつけて講義した

温暖化対策のもう一つの方法として、プラスチックごみを焼却せずに製品に再生する比率を高める手法があります。国内で6割弱を燃やして処理しているのは、様々な素材や不純物が混在したプラスチックごみを再生するのが難しいためです。こうした課題に対し、異なる種類のプラスチックごみを化学的な処理で一気に複数の原料に戻して再利用する新しいリサイクル技術が米ベンチャー企業によって開発されました。東洋紡はサントリーなどと共同で、この新技術を活用したプラスチックリサイクルの事業化に着手し、2027年の商業化を目指しています。

「自ら変わる勇気を」

プラスチックごみのリサイクル率は、世界的にみると熱回収を含めても約3割にとどまっています。これはリサイクルの前提となるごみの分別・回収が、開発途上国などで進んでいないため。久保田部長と龍田さんは「分別・回収という社会的な仕組みを整えることと、環境負荷を抑える技術開発を同時に進めていくことが大切」と語り、「豊かな未来をつくるために循環型社会の実現を目指して挑戦していきましょう」と呼びかけました。受講した生徒からは「プラスチック問題といっても単純ではなく、多角的に物事を考える大切さがわかりました」などの感想が聞かれました。

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環境対策のコストのことや東洋紡が手掛ける事業の多様性などについて生徒から質問が相次いだ

講義の最後に人生の先輩として講師の2人が生徒たちにメッセージを送りました。久保田部長は「理系の道に進む人も国語と外国語をしっかり勉強してほしい。読み手や聞き手の立場に立って、簡潔に伝えるコミュニケーション力は大切」とアドバイスしました。龍田さんは「物事は一面ではなく多角的に捉えたうえで、自分の考えを持つこと。他人からのアドバイスは自分の中できちんと消化し、変わる勇気を持つこと。そして継続は力なり。自分が決めたことを続けていく挑戦をしてほしい」と自らの経験を踏まえて語ってくれました。

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