イベントリポート

いつまでも輝くひとになる! 作家・五木寛之氏が語る「百歳人生」

「人生100年時代」といわれる超長寿社会を迎え、私たちは長くなった人生の後半をどのように生きていけばよいのかと不安になりがちです。老いや孤独とどう向き合い、健康や経済面の不安をどう乗り越えればいいのでしょうか。日経ウーマノミクス・プロジェクトは、昨年末発売の新書『百歳人生を生きるヒント』がベストセラーとなった作家の五木寛之さんを講師にお招きし、「いつまでも輝くひとになる!『百歳人生』講座」と題する特別セミナーを3月15日、都内で開催しました。約500人の参加者を前に、五木さんには後半人生の生き方や心の持ちようについて講演をいただき、続く日本経済新聞・佐藤珠希女性面編集長とのトークセッションでは来場者から事前にいただいた質問に答えていただきました。第2部のトークセッションの様子をお伝えします。

後半人生を充実させる「再・学問のすすめ」

――五木さんは85歳の今も第一線で元気はつらつとご活躍されています。日々、健康面で気をつけていることはありますか?

「自分で心がけてやっていることはないんですね。楽しんでやっていることは、たくさんあります。食生活も戦中・戦後の育ちなので無関心です。運動習慣もないですよ。立ったり座ったり、あとは(執筆で)右手を動かしているだけ。鏡の前に立つと、自分の身体がゆがんでいるんですね。いま自覚している症状だけでも3つくらいありますから」

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トークセッションでは来場者から事前にいただいた悩みや質問に五木寛之さん(右)が答えた

――立ったり座ったりする時は、自分の体に話しかけることを意識されているそうですね。

「食べ物を飲み込む『嚥下(えんげ)』ですが、ある年齢になると嚥下する力が落ちてきて、カプセルとか錠剤とかでも喉に引っかかることがあります。そこで『誤嚥(ごえん)』というのが発生し、誤嚥性肺炎を引き起こします。肺炎は今では日本の三番目に多い死因。これを防ぐためには『今から飲むぞ』と意識することがすごく大事だと思いますね。無意識にやることでひっかかったり、転んだりすることがありますので。重いものを持ち上げる時も、『今から10キロの物を持ち上げるんだぞ』と体に命令を下して、意識することが大事。何気なくやっていると失敗ばかり。動作は無意識ではなく、体に予告することが大切です」

――五木さんは50代で「休筆」し、大学で学び直しました。後半の人生を充実させるために、40代や50代で何をしておくべきでしょうか?

「物を書く仕事を始めて60年になるんですけど、途中で3年ずつ2回、「休筆」という言葉で休みました。僕は大学をちゃんと卒業できなくて抹籍処分になったのですけど、一度まともに大学へ勉強に行ってみようと思って、京都の仏教系の大学に聴講生として入学しなおしたんです。若い人たちと一緒に授業を受けるのは本当に面白かったですね。学生の頃は休講があると喜んでいたんですけど、50歳になって授業を受けるようになると、休講になるとすごく腹が立つんですよ。事務室に行って、「何で、今日は休講になるんだ」と文句を言っていました。先生が黒板に字を書くカタカタという音とか、チョークの粉が教室の中に舞い散ったり、手を挙げて先生の質問に答えたり、20代の頃より50代の勉強って本当に面白かったですね」

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作家の五木寛之さん

「昔は60歳とか65歳で定年になると、後はそんなに長くはなかったんですよね。なんと、夏目漱石がロンドンに留学していた頃(明治33~35年)の日本人の平均寿命は40代前半ですよ。それがいまや、80歳を超えているわけですから、いっぺん仕切り直しをして、例えばカルチャーセンターでもいい、小説教室でもいい、皆様方もぜひ一度、自分の仕事の途中で何かを学んでみるといいですね。『人から物を教わるのはこんなに楽しいのか』と分かります。人生の後半戦を生きるための勉強をすると、精神的にも身体的にもいいのではないかと思います」

「僕は今、『再・学問のすすめ』という本を書いています。福沢諭吉が明治初めに立身出世のためにはしっかり勉強しないといけないということで記した『学問のすすめ』が大ベストセラーになりました。今は人生100年の時代で、50年だった時代の倍ですから、一度社会に出た後で、途中でもう一回、学生に戻るというのは必要なんじゃないかと思います。それは別に学校に行かなくても、テレビの通信教育でも役に立ちますし、本を読むことだってすごく意味のあることです。僕は一日、本屋さんで3冊ぐらい本を買いますね。新しい本が続々出ていますから、片っ端から読んでいます」

「人は生きているだけで値打ちがある」

――来場者の方から「年齢を重ねて生きる意欲が湧いてこなくなった」「生きる目標が見つからない」との悩みの声が複数寄せられました。

「僕は、人はただ生きているだけでもいいという考えです。『生きる』ということは、何のために生きるかという問題ではないと思うんですよ。僕は生きるために生きている。生きるだけで人間は大事な大きな仕事をしているという考え方ですね。敗戦を外地で迎えて、際どいところで生命の危機をくぐり抜けて生きてきたものですから、生きるというだけで人間は大きな値打ちのあることをしていると。その生き方に立派な生き方とか、値打ちのある生き方とか、意味のある生き方とか、そんなものは関係ない」

「例えば自分は生きがいのない人生を送っていると考えている人がいるかもしれませんが、そんなことは絶対ないと思います。人は生きているだけで値打ちがある。そのうえに余力があって、色々なことができる人は、すればよい。それはその人次第。思うに任せる人生であっても、僕は、人は生きているということに価値があると、ずーっと思い続けています。目標は生きることだと思います」

――一人暮らしの方を中心に、独りになるのが怖いという声も多くありました。孤独にどう向き合うべきでしょうか。

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日本経済新聞の佐藤珠希女性面編集長

「『孤立』と『孤独』は違いますね。人と交じり合うのはすごく大事ですけど、それを強制してはダメですね。この前も何かの本に「老いを感じないために、一日に知らない人と6回話をしろ」って書いてあった。しかし、一生懸命になって、セールスマンが来たら喜んで話し相手になったりね、ファミレスでウエートレスに話しかけて嫌がられたりね、無理してまで、知らない人と会話をしなくてもいいと思いますね。自分自身との対話というのがあるのですから。一人でいることは、無限の回想の荒野が広がっているわけです。音楽を聴いたり、本を読んだりする余裕があるっていうだけでもいいんじゃないですかね」

「回想する、空想のなかで過去のことを再現していくことはすごく大事なことです。だけどそのことを子供に話したりすると、『じいちゃん、その話、この前も3回聞いたわよ。こうなって、ああなって、こうなるんでしょ』って先回りして言う人もいる。あれはダメですよね(笑)。話をどんどん繰り返すたびに、話のディーテールは正確になっていく。だから2回目と3回目は違うんです。3回目と5回目もまた違う」

「蓮如という毀誉褒貶の激しい宗教家がいたんですけど、彼は100回聞いて暗記しているような説法でも生まれて初めて聞くような感動で聞かないとダメだよと、面白いことを言っているんです。家族も生まれて初めて聞くような気持ちになって聞いてあげないといけないし、話すほうも一度話したから、また話すのは馬鹿じゃないかと思われるかもと遠慮しないで、繰り返し話すといいと思いますね」

自己承認欲求の強まりを懸念

――働く女性が増え、女性の生き方が多様になるなかで、他人と比較して自分の生き方に自信が持てないという悩みが増えています。SNSの影響もあるのでしょうか。

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ベストセラーとなった『百歳人生を生きるヒント』(日本経済新聞出版社)

「最近の傾向として自己承認の欲求が強いですね。何者でもない自分と思いたくないし、思われたくない。何者かでありたいだけでなく、外部からきちんと認めてもらいたいという欲求が非常に強いです。これは半面いいことですが、これが病的に高揚すると、たいへんですよね。やっぱり僕は、有名・無名を問わず、生きていることは値打ちがあるんだと自覚できればいいと思います。そのうえで仕事をする能力がある人はどんどんすればいい。でもね、世の中って矛盾ばかりで、不条理で、残酷で、厄介なもんです。それは覚悟しないといけない。現実に対してそういう認識を持っていれば、少しいいことがあれば、すごくうれしいじゃないですか。ありがたいと思うし」

「僕は一日にひとつ良いことがあると、1週間ぐらい大丈夫です。この前、スーパーでおつりの1円玉を床に落としたんですね。この年齢になると、腰をかがめて拾うというのがすごくきついんです(笑)。どうしようかなと眺めていたら、若い女の子がぱっと拾って『はい』って渡してくれたんですよ。1週間ぐらいうれしかったですね、幸せでしたよ。捨てたもんじゃないなと。そういう小さなことでもうれしいと思ったり、生きているといいことがあるなと思ったりね。身のまわりにある小さな幸せを見つけることを目標とするのではなくて、それに気付くっていうことですね。小さな幸せで満足しろといわれると、低賃金で我慢して働きなさいとなっちゃうので、そうではなくて、きつい暮らしの中でも自分で見つけて喜ぶということですね」

「僕も寝る前に一日振り返って後悔することばかりです。あのとき、こうすればよかったとか。今日もここで多くの人を前にして、きちんとした話ができなかったなぁときっと後悔すると思います。でも今日ここの会場に早く入ったんですけど、そのときすでに数十人の方が並んでいて、ありがたいなぁと思いました。生きいくうえで、そういうのが支えになるじゃないですか」

 

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