日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

地方を元気に、女性の力を解き放つ――北沢利文社長インタビュー

東京海上日動火災保険の北沢利文社長。2010年から4年間は東京海上日動あんしん生命保険の社長を務めた
東京海上日動火災保険の北沢利文社長。
2010年から4年間は東京海上日動あんしん生命保険の社長を務めた

 東京海上日動火災保険は今年(2016年)7月、「地方創生室」を新設した。4月に社長に就任した北沢利文氏(62)は「地方の活性化こそが日本経済や保険事業の成長のカギを握る」と、地域との連携に力を入れる。地方を元気にする担い手として期待するのが全国各地で働く女性社員たちだ。女性社員の能力をより一層引き出し、地方とともに成長する保険会社を目指す。

■成長持続への意識改革

――人口減という逆風のなかどのような会社を目指しますか。

 「保険はこれからも成長産業だと思っています。100年前の損害保険市場は海上保険や運送保険など法人契約が大半でしたが、今では自動車保険や火災保険など個人客が7~8割を占めます。保険は時代とともに変わっていくものです。保険には、お客様が災害などに遭った時に、保険金という確かな支えを得ることで立ち直って前に向かっていく“魔法の力”があります。時代とともに、この魔法の力をまだ発揮できていない新たなリスクが生まれてきます。企業が受けるサイバー攻撃などはその一例です。最近は大きな自然災害も相次ぎました。保険を通じて様々なリスクをマネジメントする存在になることで、保険会社はこれからも成長していくことができます」

 「そのためには保険会社も変わらなければなりません。保険商品を単に販売する従来スタイルを改め、損害保険も生命保険も含めてお客様の家庭や企業にどのような保険が必要かをトータルで提案するコンサルタントになる必要があります。そこで大事なのは『何としてもお客様をお守りする』という思いです。社員と代理店がこの思いを共有するよう意識改革に努めています。売り上げはその思いの結果として増えるのであり、売り上げ目標を最優先にしてはいけません。一人でも一社でも多くのお客様をお守りするために、重要なパートナーである全国各地の代理店とともに持続的な成長を目指していきます」

――社員の意識改革をどのように進めますか。

 「保険がお役に立つという実感を得ることです。東日本大震災では日本中から東北に社員を派遣しました。現地で保険の調査をし、保険金をお支払いしてお客様に喜ばれました。この経験が保険の力を実感する機会になりました。4月の熊本地震では、最大時には全国各地から1000人以上の応援を派遣し、全社一丸となってお客様対応にあたりました。女性社員も多く現地に入り、現場の生の声を聞きました。こうした経験で得た思いを、社員がそれぞれの地域で語り継いでいくとともに、将来自分の地域で震災が発生した際にも生かしてほしいと思います」

■女性社員の活躍が地域を伸ばす

社長就任後まもなく熊本地震が発生。被災地や周辺各地に設けた対策室を次々と訪問した(5月7日、大分市内の対策室で)
社長就任後まもなく熊本地震が発生。被災地や周辺各地に設けた対策室を次々と訪問した(5月7日、大分市内の対策室で)

――7月から始めた地方を元気にするプロジェクトに対する思いを教えてください。

 「やはり日本全体が元気にならなければ保険事業も伸びません。そのためにも首都圏も含めてそれぞれの地方経済の成長が大事です。各地に訪日外国人が増え、地域の企業が活性化し、新しい職場ができて若い人が増えていく――こうした流れを作るお手伝いをしていきたい。当社には転居を伴う転勤がないエリアコースの社員と、海外を含め全国各地への転勤があるグローバルコースの社員がいます。地元に密着して仕事をしていくエリアコースの社員の役割は今後ますます重要になります。エリアコースは女性社員が大半を占めており、彼女たちにより一層活躍してもらい、地域を支えてほしい。地域を愛する人がその地域で頑張るというスタイルを実現したいと思っています」

 「当社は『日本で一番“人”が育つ会社』を掲げています。会社にとっては何よりも人が財産であり、人を育てられなければ会社としての成長はありません。エリアコースの社員にも被災地派遣のように様々な経験ができる機会を増やしていきます。多くの経験を積むことで、新しい仕事にも自信を持ってチャレンジしていってほしいと思っています」

■「挑戦」を皆で支える社風

――人工知能(AI)など技術革新による社会の変化にはどのように対応しますか。

「若い社員には新しい時代に役立つように保険をどんどん進化させてほしい」
「若い社員には新しい時代に役立つように保険をどんどん進化させてほしい」

 「社会の変化に対して的確な補償制度や災害・事故を防ぐ仕組みを提供することが必要ですが、それには社員が社会の動きに関心を持ち、自らが新たな挑戦をしていく環境づくりが大切です。『挑戦』は当社のテーマ。会社が社員の失敗に対して厳しい文化では、挑戦する人がいなくなり、社会の変化を保険に取り込む活力が育ちません。私は失敗を恐れず、失敗から学んでいくという文化を会社に根付かせたい。社内ネットで放送する広報番組を使い、役員が過去の失敗談を社員に語る取り組みを始めました。トップバッターとして私がかつて会社に損害を与えた経験とそこからの学びを披露しました。失敗しても役員になれるのだと思ってもらえればいい。失敗を糧にすれば本人も周囲も成長につながります。一人ひとりの社員の挑戦を皆が支える社風を生み出していきます」

 「新しい技術が個人の生活や家庭に与える影響は女性のほうが敏感に感じ取れるという面もあるのではないかと思います。保険商品は実際に使うお客様の立場になって開発することが必要であり、女性の視点を取り入れた保険をもっと作り出し、提案していく必要があります。その意味で、商品開発部門や営業部門などにおいても女性社員がもっと活躍できる場所があると思っています」

 「私は会社生活40年のうち、保険商品の開発に25年間携わりました。火災保険に風災や水災の補償を加えるなど商品の内容を進化させることで、お客様に喜んでいただく経験を重ねました。若い社員には、ますます変化していく新しい時代においても当社が一層お客様や地域社会に役立つように保険をどんどん進化させてほしい。これから重要になるのは事故や病気を予防したり、被害を軽減したりする仕組みです。事故や病気を未然に防ぐことはお客様にもメリットがあります。予防することがインセンティブになる保険の仕組みを作っていきたいと思います」

 「女性の活躍推進がうたわれていますが、男性の能力開発や活躍推進ももちろん必要です。女性も男性も失敗を恐れず挑戦し、もっといきいきと活躍できる組織にしていきたいと思います」

北沢利文(きたざわ・としふみ)
77年(昭52年)東大経卒、東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)入社。損保・生保を含めて25年間は商品開発に直接携わった。グループ会社で訪問介護事業の経営や医療健康事業も経験し、10年から4年間は東京海上日動あんしん生命保険の社長を務めた。14年東京海上日動火災保険副社長、16年4月から現職。長野県出身。趣味はカメラ。仕事の現場で撮影した写真を社員に配ることもしばしば。休日は自宅近くに借りた畑で無農薬の野菜づくりに汗を流す。「どんな苗もきちんと育てれば立派に育ち、手入れをしないとだめになる」と話す。

地方創生へ、インバウンド対応やBCP策定を支援

地方創生へ、インバウンドやBCP策定を支援

 東京海上日動火災保険は「地方創生室」を新設し、全国各地の部支店が代理店と一体となって地域を活性化していく地方創生の取り組みを更に加速させていく。また、地方創生に関する協定を自治体や金融機関、商工会議所などと締結して連携を強め、各地のニーズにあった商品やサービスを提供する。
 具体策の一つは、訪日外国人(インバウンド)急増により拡大するインバウンドマーケットの取り込みを支援する「インバウンドビジネス支援サービス」だ。ホテルやレストラン、小売店などを中心とした訪日外国人をターゲットにする国内事業者向けに、10カ国語・24時間対応の多言語電話通訳サービスや、集客・受入態勢強化のためのインバウンドコンサルティングサービスなどを提供する。ほかにも中小企業の事業継続計画(BCP)策定支援、農業経営力向上に向けた各種農業支援策などで地方の成長を後押しする。

■地方創生に関する協定締結の状況(2016年8月1日時点)
・地方創生に向けた包括協定に加え、BCP策定や海外進出企業支援といった地方創生につながる協定を含めると、26の都道府県と協定を締結している。
地方創生へ、インバウンドやBCP策定を支援
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