日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

女性社員を縦横につなぐ――視野を広げ潜在力引き出す

愛キャリ部をきっかけに仕事に一段と前向きになったという根津佳代さん
愛キャリ部をきっかけに仕事に一段と前向きになったという根津佳代さん

 「愛キャリ部」という名の活動が、東京海上日動火災保険の東海北陸ブロックで2015年4月に本格的に始まった。女性社員が月1回のペースで集まり、自らのキャリアについて考えようという取り組みだ。様々な部門の社員が定期的に交流し、組織を超えて情報交換する。そんな場はこれまでなかった。代理店支援担当の愛知北支店の根津佳代さん(33)は幹事メンバーの一人としてこの活動に参加する。「毎回、様々な方から刺激を受ける。活動を通じて自らの仕事への姿勢や考え方に変化が出てきた」という。

■刺激を受けた後輩たちの発言

 昨年12月上旬、愛キャリ部の拠点の名古屋東京海上日動ビル(名古屋市)を訪ねた。同ビルには法人営業、ディーラー営業、損害サービス(事故対応)などを担当する各部や支店、グループ会社など15部署が集まる。この日、愛キャリ部は主要部門の男性リーダー5人を招いて座談会を開催。入社2~6年目の女性社員が3~4人ずつ5チームに分かれ、直属の上司ではない男性リーダーに日ごろの悩みやキャリアビジョンについて相談した。入社11年目の根津さんはサポーター役として議論に加わった。

男性リーダーと若手女性社員の座談会。キャリアビジョンで前向きな目標が相次いだ
男性リーダーと若手女性社員の座談会。キャリアビジョンで前向きな目標が相次いだ

 「2020年の自分をどのようにイメージしている?」――こんな質問に、参加した若手社員からは前向きな目標が相次いだ。「損害サービス(事故対応)のエキスパートになる」「お客様の要望以上のサービスができる社員に」。キャリアビジョンといわれても経歴の短い若手社員が自分の未来を描くのは簡単ではないが、春からの愛キャリ部活動の成果も出ているのだろう。「周囲に目標となる先輩がいる」との声もあり、将来の働き方をしっかりと語る社員が目立った。

 根津さんは座談会の場で「視野を広げるには若いうちに異動したほうがいい」など、後輩たちに自らの体験を踏まえてアドバイスをする。一方で、後輩たちから受けた刺激も大きかったようだ。「損害サービスの仕事の魅力って何?」などと後輩たちに次々と質問。「入社3~4年当時の自分に比べ、皆さんは意識が高い」と驚いていた。

■不安が消えて自主性目覚める

 愛キャリ部活動は毎回、テーマを決めて講演や座談会をする。根津さんが最も印象的だったのは、15年4月に実施した女性リーダー(支店長)の講演だ。話を聞いたあと、心の中に抱き続けてきたキャリアビジョンに関する不安の塊が小さくなったという。以来、仕事への気持ちが前向きに切り替わった。

 根津さんの不安のもとは11年春に遡る。入社7年目、上司から主事への昇級を告げられたときのことだ。突然、その上司の目の前で大泣きした。昇級を喜ぶ涙ではない。「自分では全く想像していなかった。私で大丈夫なのか、その実力が自分には備わっていないのではないかとの不安でいっぱいになった」という。「せっかく昇級させてくださったのに泣いてしまい、上司に対して本当に申し訳ないことをしたと思う」と当時の様子を振り返るが、その時は新たな役割に対する自信のなさ、責任に対するプレッシャーに押しつぶされそうになり、涙があふれてくるのを止めることができなかった。

 日本では自分のことを過小評価する女性が多いといわれる。会社に対して自らを積極的にアピールする女性社員は多くはない。その意味で根津さんが抱いた不安は、特別なケースではないだろう。昨年4月に講演した女性支店長は、こうした女性社員の控えめな特性も意識して次のように語った。「昇級は多くの関係者が個々の働きぶりを見て認めたもの。過度に心配せずに、素直に喜んで受け入れてください。もし自信がなくても、それにふさわしい努力をすればいい」

 「肩の荷が下りた気がした。昇級はもっと頑張りなさいというメッセージと受け止めるようになった」と根津さん。考え方が変わり、行動も変わった。「不安になっても仕方がない。与えられた役割や仕事を真摯に受け止め、自分なりに最大限の力を発揮するために何をしたらよいかを考えるようになった」。愛知北支店では損害保険とともにグループ会社の生命保険も扱う。根津さんは愛知北支店の生命保険の推進役として、グループ会社と連携しつつ、自分なりの創意工夫をするようになったという。自信のなさが消え、自主性が生まれた。

■「キャリアビジョン」に向き合う

根津さんは愛キャリ部の活動を通じて人材育成にも興味を持つようになった
根津さんは愛キャリ部の活動を通じて人材育成にも興味を持つようになった

 未来の自分の姿を考えることにも正面から向き合うようになった。かつては「キャリアビジョン」という言葉に物怖じし、具体的な将来像を描くことに逃げ腰だった。「10年後や20年後の目標を立て、それを自分が突き詰めていけるのか不安や迷いがあった」という。しかし愛キャリ部で11人いる同世代の幹事メンバーたちと話をし、他の社員も同じように悩んでいることを知る。皆で議論を重ねるなかで「1年後や2年後の目標の積み重ねでもいい。目標は時とともに変わっても構わない」との話に納得した。「重く考えすぎていた。肩肘張らずに、どんな自分になりたいかを描けばいい」

 現在のキャリアビジョンについて根津さんは「代理店支援力を向上させる」「周囲によい影響を与えられる社員になる」との2つの目標をあげる。「漠然としていてもいい。目標とする姿を描いたことで、具体的に何をすべきかを考えられる。やりがいやモチベーションの向上につながっている」と語る。

 愛キャリ部は、東海北陸ブロックにいる様々な部門の先輩、同期、後輩を縦横につなぐ。毎月の会合では様々な立場や経験をした人が講演する。根津さんは「会合で聞く話は知らないことばかり。仕事への向き合い方や考え方などで気づきやエネルギーを得られる。いつももっと頑張ろうと励みになっている」と愛キャリ部の成果を実感している。

 幹事メンバーとして、女性社員に愛キャリ部活動への参加を促す取り組みもしてきた。「多くの若手社員がかつての自分のようにキャリアビジョンという言葉にハードルの高さを感じているはず。自分が愛キャリ部で経験したことを、後輩たちにも生かしてもらいたい」。そう考えるうちに、人材育成についての関心も高まってきたという。

 愛キャリ部を通じて起きた根津さんの変化は、人材交流と情報交換の活性化が眠れる女性の潜在力を引き出すことを示している。女性活躍の推進がうたわれるなか、愛キャリ部は女性社員を前向きにする取り組みとして注目される。

「愛キャリ部」は女性リーダーのゆりかご

男性リーダー5人を招いた2015年12月の愛キャリ部の会合。女性の活躍推進には男性社員の協力も欠かせない
男性リーダー5人を招いた2015年12月の愛キャリ部の会合。女性の活躍推進には男性社員の協力も欠かせない
 東京海上日動火災保険は、女性社員に若いときから幅広い経験や知識を得てもらいたいと考えている。だが地域型女性社員はこれまで同じ部門に長く在籍するケースが多く、他の部門の業務内容などを知る機会が少なかった。「愛キャリ部」はこうした課題を克服する目的で発足した。女性社員が他部門の社員と交流しながら会社全体のことを知り、自らのキャリアビジョンを描く手助けにしてもらう狙いがある。名古屋には様々な部や支店が集まるビルが2013年に完成し、部門間交流がしやすい環境があった。ちなみに愛キャリ部の「愛」は、愛知県・愛情・一人一人が主役のI(アイ)を意味するという。発起人である東海・北陸業務支援部の内山登美子人事・総務グループ課長代理によると、最近は自分の目標や希望をしっかり伝える女性社員が増えつつある。今後は愛キャリ部を社内だけでなく、他社も含めた異業種交流会のような活動に発展させる構想も持つ。 男性リーダー5人を招いた2015年12月の愛キャリ部の会合。女性の活躍推進には男性社員の協力も欠かせない
男性リーダー5人を招いた2015年12月の愛キャリ部の会合。女性の活躍推進には男性社員の協力も欠かせない
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