日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

「働き方の変革」に奔走――顧客向け業務をより手厚く

タブレットを使って営業社員の働き方の変革に取り組む上野祐子さん
タブレットを使って営業社員の働き方の変革に取り組む上野祐子さん

 「その仕事なら私にいろいろアイデアがある」。2014年4月、東京海上日動火災保険のビジネスプロセス改革部に異動した上野祐子さん(36)は新天地での役割を聞いて少しワクワクした。5年間務めた営業の仕事にやりがいを感じ、営業部門でのキャリアビジョンを描いていたなかでの異動。辞令を受けたときは驚きを隠せなかったが、すぐに前向きな気持ちに変わった。

 与えられた役割は「営業部門の働き方を生産性の高い働き方に変えるプロジェクトの企画・立案」。14年、東京海上日動はタブレットの活用によって「生産性の高い働き方」を実現できないか、検討を始めていた。タブレットの効果的な活用法を研究し、仕事の効率を向上させる。これによって顧客にさらなる付加価値を提供しやすくなる。上野さんは「営業時代の苦労と経験を生かせる。営業部門を働きやすい環境に変えられる可能性は大きい」と確信した。

 保険営業では何冊もの分厚いマニュアルが必須アイテム。だが重たくて営業社員が常に持ち歩くのは無理。「訪問した代理店さんで照会を受けても、会社に戻ってからマニュアルを調べて回答する日々。その場ですぐに答えられれば、代理店さんも迅速にお客様対応できる」。そんな思いを常に抱いていた。

 まだ営業にいた13年のことだ。外出先からタブレットで会社のオンラインシステムに接続することで、業務がどのように変わるかという試みが行われた。関心があった上野さんも半年間の試行に参加。そのときの効果は「画期的だった」という。「外出先で完結できる仕事が増え、帰社してからの業務が大幅に減った。外にいても代理店さんからの照会に答えられる。以前よりも早く帰ることができた」。情報技術(IT)で働き方が大きく変わる実感があった。

■営業部門でのタブレットの活用法を探る

女性の働き方に関する社外セミナーなどに参加し、最新情報の把握にも努める
女性の働き方に関する社外セミナーなどに参加し、最新情報の把握にも努める

 15年2月から8月にかけて、全国の営業部門へ本格的にタブレットが配布された。上野さんの仕事は、各関係部と協力し、これを社員に効果的に活用してもらうことだ。最初の壁は日々の業務で忙しい営業社員に箱からタブレットを出してもらい、初期設定をしてもらうというステップだった。

 「ITに苦手意識がある社員は少なくない。だから開発段階で初期設定の方法を極力簡単にするようIT部門に進言してきた。個別にテレビ会議で社員に設定方法を直接説明する機会も多く設けた」。それでも初期設定の手前で立ち止まっている社員に対しては、各ブロックごとに個別にアプローチする地道な対応も欠かせなかった。

 タブレット用のシステム開発が始まったのはビジネスプロセス改革部に異動してまもなくのこと。上野さんは営業部門にいたときの感覚をそのまま開発陣にぶつけた。「この設定作業は難しい。初期設定でつまずくと使ってもらえない」「使いたいボタンがこれではすぐに探せない。営業はお客様の前で操作することを考えて」――。開発部門の社員では気づかない営業部門の事情や状況を伝えることに重点を置いた。「開発が難しいと言われても、必ずしもシステムが得意ではない営業社員の代表という気持ちで譲らなかった」と振り返る。

 最初の初期設定の壁を越えたら、次は営業担当者にタブレットを使ってもらわなければならない。そのために取り組んだのが具体的な活用事例の提示。「このようなシーンで、この機能を使うと、こんな効果がある」という事例を用意するとともに、実際に使い始めた営業部門からも多くの事例を寄せてもらって、各ブロックごとに毎週メルマガで発信する態勢をつくった。

 導入効果はすでに出始めている。ある営業部門の調査では社内打ち合わせや会社に立ち寄る移動時間が減り、営業推進や人材育成の時間が増えたとの結果が出た。外出先からタブレットのWeb会議システムを通じて社内会議に参加でき、メールや社内ニュースをいつでも確認できるようになった。代理店からの照会にもその場で回答できるようになるなど「便利な機能が使われるようになってきた」という。

■「仕事と家庭を両立しやすい環境に」

「タブレットを使いこなせば営業の強力な武器になる」と確信している
「タブレットを使いこなせば営業の強力な武器になる」と確信している

 だが上野さんが目指すのはさらにその先にある。「便利使いだけでも生産性は高まるが、それにとどまらず、営業成績を伸ばす武器としてタブレットを徹底的に使いこなしてもらいたい。そして、お客様にさらなる安心をお届けしたい」

 上野さんの営業部門に対する思い入れは強い。営業担当者1年目で川崎市エリアの担当になった。代理店と一緒に仕事をするなかで「多くの気づきを与えられ、自分を成長させてもらった」という感謝の念がある。

 ある代理店と営業成績の不振について話をしていたとき、上野さんはまず代理店の手数料収入を計算するための様々なデータ数値を提示した。「俺たちが知りたいのはデータや数値じゃない。収入がどれだけ減るか実額で示してくれ」と叱られ、代理店が手数料収入で家族の生計を立てていることを改めて身をもって実感した。

 実収入の変化がわからなければ、家族の生活への影響をイメージできない。それでは本当に代理店の立場になった対応は考えられない。「代理店を担当する営業社員として、代理店経営にも関わるということを実感した。自分は何のために、誰のために目の前の仕事をしているのかを常に考えるようになった」という。

 上野さんが現在の仕事で真っ先に考えるのは代理店を支援する営業社員と、その先にいる顧客のことだ。業務プロセスの無駄を取り除き、さらに顧客に安心を届ける時間を増やすためには、これにどとまらず何をすればいいのか。「営業からの声を聞きながら、使い勝手や機能の改善をどんどん進めなければならない」と強く感じている。

 熱い思いの理由は明快だ。「また営業に戻るステージもきっとあるはず。そのときは働きやすいインフラ・環境が整備されている状態にしておきたい」。そして、こう続けた。「もっと便利に、もっと効率よい働き方を実現すれば、女性社員も仕事と家庭を両立しやすくなる。その環境づくりの仕事には大きなやりがいを感じる」

「働き方の変革」へ全社一丸

「働き方の変革」で目指す姿  東京海上日動火災保険は2015年4月に「働き方の変革」プロジェクトをスタートさせた。限りある時間の中で最大限の成果を発揮する「生産性の高い働き方」を追求するとともに、子育てや親の介護など社員一人ひとりの状況に応じて最適な働き方を選択できるルール・制度を整え、「多様な働き方」を認め合う風土を醸成する。「夜型長時間労働を前提とした働き方」を変革し、個人・組織の力を高める取り組みである。営業部門の全社員へのタブレット配布はプロジェクトの具体策の一つだ。他にも育児や介護のための在宅勤務をより使いやすい制度とするための検討をするなど、働き方を変えるためのインフラや制度の整備を進めている。仕事の優先順位を変え、内向き業務への過剰な拘りを排除し、個人の能力を高めることを軸に、全社を挙げて取り組んでいる。 「働き方の変革」で目指す姿
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