日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

舞台を変えて新たな自分を発見――地域型社員からリーダーへ

東京海上日動の自動車営業部門で唯一の「地域型社員」のリーダー職として活躍する
東京海上日動の自動車営業部門で唯一の「地域型社員」のリーダー職として活躍する

 2015年4月、担当課長に昇進した。現在、東京海上日動火災保険の自動車販売店営業担当部門で唯一の「地域型社員」のリーダー職だ。昇進と同時に、勤務地も埼玉から同じ首都圏の東京へ異動となった。地域型なので転居を伴う転勤ではないが、大橋広江さん(46)は新たな舞台で新たな役割の仕事をスタートさせた。

 自動車営業部の仕事は、代理店となる自動車販売店などを回って自動車保険商品の販売を促進する。大橋さんは埼玉で自動車販売店営業を6年間担当。第一線で培った営業力には自信があった。「最後の1年間は上司から次から次へと難しい課題を与えられ、何しろ鍛えられた」という。だからこそ昇進を告げられたときは「素直に嬉しかった」。

 しかし、所変われば勝手が違った。自動車販売店の保険の販売法などが埼玉時代とは違う。担当課長というリーダーとしての役割もある。「何かしなければ、でも何をしたらいいのか」――。異動後1カ月ほどは「大いに戸惑った」。

 だがそんな異動後の壁も、程なく乗り越えた。ある会議の最中に「私って焦っているな」と、ふと我に返ったという。自らを客観視し、「肩肘張っても自分が苦しくなるだけ」と気持ちを整えた。「まずは自動車販売店さんに寄り添い、お客様への対応を最優先にし、そこで実績を出せばリーダーとしての役割も徐々に果たしていける」

 気持ちの切り替えがスムーズにできたのは、以前にも似たような経験があったからだ。09年度、埼玉の自動車営業部に配属になった年のことだ。当時の状況は深刻。「人生最大の挫折だった」と振り返る。

■人生最大の挫折

 大橋さんは91年度に一般職として入社し、18年にわたって内部部門を担当していた。女性の一般職は、内勤中心の時代だった。東京海上日動は09年4月から地域型社員(旧一般職)の女性を営業職とする動きを本格化。大橋さんも当時の上司に「次は、営業はどうか」と向けられ、「外に出るのは面白いかも。営業に出るとしたら今しかない」と手を挙げた。

 入社19年目の09年7月に、主任として埼玉の自動車営業部に着任した。研修で営業の基礎知識は学んだが、具体的な業務はまったく分からない。何をするにも周囲の人に尋ねないと仕事が進まなかった。初めての営業だから当然といえば当然だが、大橋さんにとってはそれが許せなかった。「私は何のためにここに来たのだろう。まったく役に立っていない」。自らの不甲斐なさに半年ほど悩み続けたという。

 「できる人だと思われたい。人に褒められたい」。子供のころからそんな気持ちが強かったという。だからこそ、入社19年目にして「できない自分」をさらけ出すことに強い抵抗があった。

 今なら「入社何年目であろうと分からないことは聞くしかない」と思える。そう割り切れたのは、悩んでいるときに出合った何気ない言葉がきっかけだった。「いま自分ができることを精一杯やればいい」――。大橋さんは、「優等生でなければならない自分はもういいだろう」と自らリセットをかけた。

 自分を不甲斐ないと責める気持ちは薄れた。しかし、営業職は「向いていない」という思いはその後も続いた。営業第一線では数字が成績に結びつく。「競り合うとか、勝ち負けを付けるということはもともと好きではなかった。数字に興味を持てなかった」

■営業の醍醐味を実感

周囲からは「バイタリティーがある」「周りに配慮ができる」とみられている
周囲からは「バイタリティーがある」「周りに配慮ができる」とみられている

 11年度に“事件”が起きた。担当していた自動車販売店の方針変更があり、東京海上日動の商品がことごとく他社商品に切り替えられる事態に。販売シェアはみるみる低下した。だが、こんなときでも大橋さんは数字に対する危機感やつらさはなかったという。気落ちすることなく、これまでどおり毎週のごとく自動車販売店の各店舗に通い続けた。

 あるとき自動車販売店の担当者に言われた。「大橋さんはすごいね。会社の方針でおたくの商品を取り扱わなくなったのに、それでも通い続けるなんて僕には真似できないよ」。相手も自動車を販売する営業の立場だ。大橋さんは「とにかく店に通って他社への契約流出を最小限にする」という思いだけだったという。

 半年ほどで自動車販売店の方針が撤回された。大橋さんが通い続けた店舗で東京海上日動の巻き返しが始まった。契約を取り戻し、数字も上がってくる。大橋さんに「すごいね」と言ってくれた担当者の店では大幅なシェアアップとなった。「通い続けて信頼を得られれば、結果はついてくる」。営業の醍醐味を実感した出来事だった。

 仕事は、結果が出ると面白くなる。大橋さんの中に新たな自分が姿を現した。数字に興味がなかったはずが、競合他社を気にしだす。いかにお客様に選んでいただき販売額を伸ばすか。勝負事が嫌いだったはずなのに、「他社に負けたくない」と勝負師の顔をみせる。営業という新たな環境が大橋さんの中に眠っていた力を引き出した。「自分でも驚くほど変わった。埼玉時代の後半は生き生きしていたと思う」

■次のステージ、リーダーの道

「地域型版経営スクール」で課題への対策をチーム内で議論する。「様々な意見があって刺激になる」という
「地域型版経営スクール」で課題への対策をチーム内で議論する。「様々な意見があって刺激になる」という

 7月中旬、全国の地域型社員から選抜された課長および課長代理クラス19人が集まる研修会場に、大橋さんの姿があった。4チームに分かれ、「自動車保険のネット販売の収益向上について」「企業の社会的責任(CSR)を高めるには」などの課題の対策を発表しあう。組織のリーダーになるための素養を身につけるための研修「地域型版経営スクール」だ。会場では、各チームの発表に対する質問や意見が次々と飛び交った。

 同じメンバーでの研修は半年間にわたる。「育ってきた部門が違うので、異なる観点の意見が多々出てきて刺激になる」と大橋さん。研修後の飲み会などでは部下の育成方法など共通の悩みをメンバー同士で相談し合うようになっているという。

 大橋さんもリーダーとしての役割がこれから期待される。「自分だけでなく課や部の全体まで見ていかないと駄目だ」と上司に言われ、リーダーシップについて意識するようになった。ただ気負いはない。次のステージに向けて、自然体で毎日の仕事に臨んでいる。

地域型社員、全国で横のつながり生む

地域型社員向けのマインドアップ研修  東京海上日動火災保険は14年度に「地域型版経営スクール」を始めた。既存の「経営スクール」は全国型社員が選抜されるケースが大半であり、地域型社員にも部長や支店長の任務を担うためのリーダーシップや論理的思考を修養できる機会を増やそうと導入した。第1期は全国各地から選ばれた20人が参加。普段は交流がない各地の課長および課長代理クラスが一緒になって切磋琢磨(せっさたくま)した。共通の悩みや問題を共有することで、「互いに助け合ったり刺激し合ったりする強いコミュニティーができた」(人事企画部の日野和俊課長)という。研修では半年間にわたって課題解決やコミュニケーションのベースとなる論理的思考の訓練をしたり、視座を高めて会社全体の課題をチームで議論したりする。課題解決策の内容が優れていれば、経営陣への提言につながることもあるという。地域型社員向けには、中堅や若手社員向けの選抜制研修もある。 地域型社員向けのマインドアップ研修
TOPページヘ
電子版ウーマン