日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

「チーム力」で前進しよう――豊富な異動経験、マネジメントの糧に

吉田正子さんは事務を出発点にした「様々な業務経験が財産」と話す

 東京・銀座の数寄屋橋交差点近くに、昼夜問わず明かりのついているオフィスがある。東京海上日動火災保険のグループ会社が運営する、24時間体制のコールセンター。旅行保険に加入した顧客から舞い込む、海外旅行先での事故や持ち物の紛失など様々な問い合わせに素早く対応する。 同じビルには、東京海上日動の旅行業営業と損害サービス(支払い業務)の部署も同居する。「いざという時、このビルの各部門と代理店である旅行会社が三位一体となって、旅行者をサポートできる点が強み」。そう話すのは、銀座オフィスで働く旅行業営業部長で同社2人目の女性執行役員である吉田正子さん(53)だ。

 吉田さんは旧一般職で入社し、保険の契約事務をはじめ10回を超える異動を経験した。一般職スタートの執行役員は、女性社員の多い保険業界でも珍しい。入社当初は時代背景もあり、長く働き続けることを強く意識していなかったという吉田さんにとって、事務、営業、人事などに携わった豊富な経験と人脈が最大の財産だ。独特のキャリアで培ったマネジメントへの想いは「チーム力で解決すること」だという。

■一人ひとりがアンテナ役

 吉田さんが「チーム力」で大事にしているのは、メンバー一人ひとりの個性や視点を生かしてチャレンジすること。そして仕事の悩みを相談しやすい雰囲気づくりだ。約60人いる吉田さんの部署では、女性社員が7割を占める。夫の転勤、育児などで様々な働き方を選ぶメンバーもおり、働き方の違いも個性ととらえている。さらに他の部署や取引先の旅行会社など「いろいろな人に協力いただきながら、チームとして動くことで問題解決のスピードを加速しなければいけない」と吉田さんは強調する。

「チームの力で問題解決のスピードを加速する」のが信条

 チームの結束に大切なのは情報共有だ。旅行業営業部では、部員が毎週交代でメールマガジンを配信する。営業の好事例や保険に関わるニュースをまとめ、他の部員のノウハウを知り、広い視野で自分の仕事を考えるきっかけとする。吉田さんは部員に、プライベートでの旅行も積極的に勧める。「オフィスを飛び出すことで仕事を外から眺められる。旅行者としてアンテナを張り、現場で感じた情報を職場にも持ち帰ってほしい」。

 そうしたチーム力を発揮した一例が、2012年度に導入した業界初の営業システム「Trip-i」だ。旅行会社で旅行と旅行保険の加入手続きを同時にこなせる点が最大の特徴で、タブレット端末やスマホでの操作、「QRコード」による申し込みや事務手続きの省力化の機能も盛り込 んだ。東京海上日動と旅行会社それぞれの現場からアイデアを吸い上げ、社内のシステム部門と一体になって開発した。

■「数字は生きている」

 吉田さんは1980年に入社。まだ営業は男性、事務は女性と役割が固定されていた時代だった。吉田さんは本社で契約事務を担当し、顧客の資産を守る保険業務の責任の重さを感じながら「とにかく石の上にも3年で頑張ろう」と懸命だった。そうして目の前の仕事に没頭しがちだった吉田さんを大きく変える出来事が起きた。

当時はほとんど前例のない女性の営業担当として飛び回った(左が吉田さん)

 「これ、数字が間違っているよ」。ある日、上司が吉田さんの集計した資料を一目みて指摘した。結果的に計算ミスはあったのだが、どうしてすぐに分かったのか。吉田さんは首をかしげた。上司は頭の中にある過去のデータと、最近の営業担当の声を常に照らし合わせ、営業成績の流れを想定していた。だからトレンドの違う数字に反応したのだ。「数字は生きているんだ」。上司の言葉にはっとした。事務担当は書類の正誤をチェックするだけではない。日々の数字の変化に目を凝らせば、営業現場で「何が起きているのか」を捉えられると理解した瞬間だった。

 23歳で保険代理店の研修生を育成する部署に異動、研修インストラクターを経験する。はるかに年上の研修生も多くいたが、保険のプロとは限らない。いかに保険の実務と営業ノウハウを伝えるかが、研修のカギを握る。営業経験のない吉田さんは自分に何ができるのかを考えた結果、毎朝の新聞にたどりついた。事故などの記事をみつけ、「どの保険なら対応できるのか」について考え、分からなければ先輩社員に尋ねて、その内容を朝礼で紹介するようにした。具体的な事例が教材に加わると、研修生からの質問が増え、研修内容への理解も深まっていった。「生きた情報」と、周囲の力を借りて形にしていくことの大切さを実感した。

■見える景色が変わってきた

女性社員が約7割を占める旅行業営業部を率いてきた

 26歳で赴任した都内の深川支社で、当時の女性社員でほとんど前例のない営業担当を任された。初めての営業現場に戸惑いながら、時には地元の祭りに加わり、時には先輩社員や地元の銀行員と一緒に顧客を訪ねた。いろいろな人に会って話を聞くことで、はじめて見えてくることがある。課題を解決するヒントは必ず現場にあると感じ、営業の前線を飛び回ることに醍醐味を覚えはじめた。その後も本社で事務システムの開発、人事企画部で女性社員のキャリア支援制度づくりと、異動のたびに新しい業務を任された。慣れない仕事に悩むこともあったが、「今まで出会った顧客や代理店の方々、同僚の声をシステムや人事制度などにつなげていくことが私の役割」との思いで前に進み続けた。

 東京中央支店で管理職を経験し、48歳で首都圏最大の営業エリアを持つ船橋支社長に就く。そこでも、まずは顧客や代理店の話に耳を傾けることを心がけ、様々な地域の会合へも積極的に足を運んだ。相談ごとには先入観を持たず、支社のメンバーからフラットに話を聞くチーム運営を貫いた。こうして社内外で築いた協力関係が実を結び、船橋支社は就任初年度に営業目標を達成。社内表彰を受けた。そして旅行業営業部長に就いた2年後の2013年6月、執行役員に就任した。

 今では東京海上日動に一般職という区分はなく、転居を伴う転勤のない地域型社員である女性の営業担当も1400人余り活躍している。吉田さんは後輩社員に向けて、「異なる仕事を経験するたびに見える景色は変わる。ピンチは過ぎてみればチャンス。怖がらずに一歩踏み出してほしい」と伝えている。「今年の部旅行は、どこに行こうか」。銀座オフィスで職場旅行の話にも花を咲かせる吉田さん。その気負わない姿は、後輩社員のキャリアを自然体で導こうとしているよう だった。

TOPページヘ
電子版ウーマン