日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

後輩に見せる逃げない姿 ――重責に向き合い「まず一歩」

同社で女性初の損害サービス部長に就いた森美和子さん

 「世の中にこんな仕事もあるんだ……」。東京の短大を卒業し、働きやすいイメージから選んだ就職先。職場は温かく、先輩は丁寧に仕事を教えてくれたが、与えられた任務は入社したての若手が背負うにはあまりにも重いものだった。

 東京海上日動火災保険の森美和子さん(51)が就職したのは1984年。配属されたのは首都圏の損害サービス部門だった。事故や災害に遭った契約者に、契約に基づいて保険金を支払い、場合によって被害者との示談交渉を担う。当事者の多くは大きな不安を抱えており、時には被害者の怒声を浴びることもある。困難に直面した契約者や被害者の心に寄り添って対応しながら、事実関係の認定や支払い作業で迅速な判断を求められる。責任の重さを痛感しながら、仕事に向き合う毎日だった。

 保険金支払いの判断では、失敗から学ぶこともあった。ビル解体の現場で工事車両が横転して破損。申告に沿って修理や保険金の支払い手続きを進めていたところ、上司から指摘された。「本当に申告の日付通り事故が起きたのか」。

 契約前に発生した事故に保険金を支払うことはできない。万が一事故日を偽って申告されるケースがあれば、それを見抜くことも損害サービス部門の担当者には求められる。ただ、フェンスに囲われた現場で第三者が見ていた可能性は低く、「当事者の証言をある程度信用せざるを得ないだろう」と考えていた。急きょ上司の指示で再確認したところ、近くの集合住宅で住人がベランダから横転事故を目撃したことが判明。事故は契約日より前だったことが分かった。

 事故や災害は、日々発生している。その規模は、小さいものから大きなものまで、様々だ。だからこそ思い込みや先入観にとらわれず、一つひとつの案件を冷静に見極める姿勢が問われる。不正請求を認めてしまえば、誰も救ったことにならない。損害サービスという業務の重みを改めて実感した。

■顧客からの言葉に育てられた

 仕事の重圧もあり、20代の頃は「寿退社もいいかな」と考えていた。そのような迷いを乗り越えられたのは、同僚や保険販売代理店など周囲の支えと、顧客の言葉だったという。

 顧客からは「ありがとう。あなたが担当でよかった」と感謝される一方、「あなたでは頼りにならない」と叱責を受けることもあった。自分の不甲斐なさに落ち込んでいる時間はない。どうしたら不安を抱えたお客様に頼りにされるのか。ひたすら考え、行動した。「感謝でもお叱りでも、お客様からいただく言葉に育てられてきました」と森さんは振り返る。

 転居を伴う異動がない「地域型」社員として首都圏で働く森さんに転機が訪れたのは2005年。当時は、本社で全国各地の損害サービス部を統括する部署に所属していた。大規模な台風や地震が発生し、被災地域の損害サービス部だけで対応しきれない場合、他の地域から様々な部署の社員が支援のために集結する。森さんも地域型社員でありながら応援要員として各地に駆けつけるうち、現場で顧客と接する大切さや地域に応じた損害サービスを提供することにやりがいを感じるようになった。「もっと色々な地域で経験を積もう」と転居を伴う異動が可能な「全国型」社員への転身を決めた。

慎重かつ迅速な判断はチームワークあってこそ

 初めて赴任した名古屋市の損害サービス部門では、課長代理として10人のチームをまとめる立場になった。新しい土地、新たに築く人間関係のなかで、リーダーとして的確な指示を次々に求められる。思うように業務をこなせない自分に焦りも感じたが、「このチームのリーダーは自分。あきらめるわけにはいかない」。気持ちを奮い立たせた。

 職場の支えも心強かった。示談交渉が佳境を迎え、夜遅く会社に戻ると上司や同僚が待っていてくれた。結果報告を求めるためだけではなかった。「じゃ、飲みに行こうか」。こんな一言で張り詰めた気持ちを和らげてくれた。3年が経ち、課長に任命された頃には、キャリアを積むことにもう迷いはなかった。

■チャレンジのその先へ歩む

 13年7月から、北陸損害サービス部(金沢市)の部長を務める。全国に25部ある損害サービス部で女性初の部長として、石川、富山、福井3県の部下約140人を束ねる。入社当初は「キャリアアップなんて考えてもいなかった」が、周囲の支えと顧客の言葉を励みに日々奮闘し、今では多くの後輩に背中を見せる立場になった。

真面目な話を気楽にする「マジきら会」

 「後に続く女性のために」という思いは今も強い。今年(14年)9月初旬、金沢市の職場で「真面目な話を気楽にする会」通称「マジきら会」をひらいた。「マジきら会」は永野毅社長の発案で昨年から始まった取り組みで、仕事の課題やキャリア等について本音で話し合う。今回は、北陸損害サービス部に所属する女性社員が集まった。テーマは5年後の自分。「リーダーになろうと言われても、正直なところ実感が湧かない」と悩む女性社員に、森さんは「リーダーはただ目指すものではなく、たくさんのチャレンジのその先にあるもの」とアドバイスした。そして「まず一歩踏み出して、後輩たちにその姿を見せていこうよ」とエールを送った。

 休日も「山ガールを目指しています」という活動的な森さん。ゴルフやサーフィンといった趣味に加え、金沢に単身赴任してからは日帰りの山登りを楽しんでいる。今夏は立山連峰に登った。山頂からの景色はすがすがしく、「明日も頑張ろうという思いがあふれてきます」。オンもオフも前向きに踏み出す姿勢を大切にしている。

損害保険を支える「損害サービス業務」

損害サービスのあるべき姿をまとめた冊子「こころから。」
 いざというときに、契約者や被害者に寄り添った対応と迅速な保険金支払いの判断が求められる損害サービスは、損害保険の基盤ともいえる業務だ。損害サービスに携わる数千人のメンバーに共通する、顧客への思いや大切にしたい価値観をまとめた冊子「こころから。」は、東京海上と日動火災が合併した2004年に生まれた。契約者である運転手に過失のある交通死亡事故を担当し、真摯な対応を重ねた社員が、被害者の両親から「あなたでなかったら示談はしなかった」と言われ、仕事の重さを感じたエピソードなどがつづられている。約10cm四方の小さな冊子に込められた思いは、今も部門を問わず社員に読み継がれている。
損害サービスのあるべき姿をまとめた冊子「こころから。」
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