日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

「まずは挑戦してみよう」――新たな仕事で開花したチーム営業の力

保険販売代理店とのチームプレーが新たな補償ニーズを発掘した。

 「教職員の労働災害に十分対応できているか不安なんです」。2011年、埼玉県の保険販売代理店、アイコスモの勝本幸造社長(55)は営業に行った児童施設から悩みを打ち明けられた。

 当時、児童施設向けには子どもたちの安全に対応する保険商品は充実していたが、施設の経営者が教職員の労災に責任を持つ「使用者の賠償責任」を対象にした補償はあまり普及していなかった。目に見えない商品といわれる保険は、平時も契約者に安心を届けるのが役割だ。「既存の商品で対応しきれるのだろうか」。保険のプロとして力量が問われる局面で、事務所に戻った勝本社長は受話器を取り上げた。相談先は、東京海上日動火災保険で販売代理店の営業支援を担当する磯部香代子さん(32)だった。

 磯部さんと勝本社長が改めて児童施設の話を聞きに行くと、実は担当地域全体で100余りある施設から使用者の賠償責任に対応した損害保険に一斉加入したい、というニーズがあることが分かった。「困っている多くの方の悩みを保険で解決したい」。磯部さんは勤務する埼玉中央支店(さいたま市)に案件を持ち帰り、補償の見直しを検討した。既存の契約内容をベースにどういう補償を加えれば、顧客の悩みを解決できるのか――。規模の大きさもあり、「支店の中だけでは解決できませんでした」。本店の関係部署にもかけあい、使用者責任に関する補償の付いた新たな契約の設計にめどをつけた。

 この案件がきっかけになって全国で同様のニーズを発掘し、今では幅広い地域の児童施設に対して使用者の賠償責任を含む商品が提案されている。また、アイコスモには信頼関係を築いた地元の児童施設から経営上の課題を保険で解決できないか、今も相談が舞い込んでいる。代理店と支店の営業担当のチームプレーが安心提供の輪を広げた。

■最初は営業志望ではなかった

丁寧なコミュニケーションが数々の職場で殻を破るきっかけに。

 今年(14年)4月、支店内で販売代理店向け営業チームのリーダーになった磯部さんだが、最初の配属は内部管理部門だった。大学卒業後は「仕事とプライベートは両立したい」との思いから転居を伴う転勤のない地域型(当時の一般職)として入社。都内の営業拠点の不動産管理や備品購入を扱う総務部署に配属された。ところが、ここで学んだことが営業としても生かされることになる。

 内勤部署でもコミュニケーションができないと仕事は成立しない。入社1年目、購入可能な備品のリストにない物品の購入申し込みを断ったところ、後日申請者から「必要な理由も聞かずになぜ却下するのか」とクレームが入った。事情を聞くと「そうだったのか」と思う面があり、最終的に会社から購入許可が出た。「人の話を聞けていなかった」。甘かった自分の対応を省みて、以後は視野を広く持つことやコミュニケーションを丁寧にとることを心がけてきた。

 支店営業への異動は、現場で保険業務に触れた方がいいという上司のアドバイスがきっかけだった。入社5年目の08年、出身地に近い現在の支店に赴任。当初は保険契約に関する事務を任された。代理店や営業担当者と連携して顧客対応を行う日々は「まるで別会社に移ったような気分」。支店で同期入社の社員がテキパキ働く姿に、引け目を感じることもあったという。殻を破るきっかけになったのは、かつて学んだ人との丁寧な接し方だった。代理店と電話で話す際に、話し方の変化で「顧客との契約更新に苦労しているのでは」などと察するようになり、営業担当者に伝えて素早く対策を打つことができた。代理店が集まる会合に出席し、事務担当の立場から契約手続きの進め方を助言すると喜んでもらえた。

 新入社員の指導役にもなった09年、事務から営業への担当変更を打診された。自分が営業に向いているとは思っていなかったため、「他の人にしてもらえないかなぁ」というのが当初の本音だった。決断のきっかけは「全力で支えるから」という上司の言葉。「まずは挑戦してみよう」と自分に言い聞かせた。10年春、埼玉中央支店で磯部さんを含む2名の女性が事務担当から営業担当となった。東京海上日動が「役割変革」と呼ぶ取り組みで、事務作業の効率化とともに事務担当の女性社員が営業など新たな役割にチャレンジする施策の先駆けだった。

■職場のロールモデルに

会議ではメンバーの悩みを共有できる雰囲気を心がける。

 当初は代理店から「今度の担当は女性ですか」と驚く声もあったが、事務担当として得た知識やノウハウを生かし、持ち前の丁寧なコミュニケーションで信頼を得ていった。「会議は皆で悩みを話しやすくする場」と、社内でもメンバーの悩みを全員で共有できるチーム運営を心がける。12年に結婚し、休日には登山やテニスを活発にこなす。今では「後輩社員からも『磯部さんのようになりたい』と慕われている。職場のロールモデルといってもよい存在」(片木成之支社長)に育った。

 東京海上日動は経済産業省が表彰する13年度のダイバーシティ経営企業100選に選ばれた。大きな理由のひとつが磯部さんのように「役割変革」を通じ、営業の最前線で活躍する女性が増えたことだ。

 「営業と事務、ご自身ではどちらが向いていると思いますか」――。磯部さんにこんな質問をしてみたところ、「うーん」とひとしきり考えてから「営業ですね」という答えが返ってきた。「何かあると電話では気がすまなくて相手に会いに行きたくなるんです。そんなタイプですから」。将来は視野を広げるため、さらに営業以外の職場も経験してみたいと話す磯部さん。活躍の場はまだまだ広がりそうだ。

ダイバーシティ経営企業100選

 経済産業省が2012年度から始めた表彰事業で、女性や外国人、高齢者、障がい者を含む従業員が能力を発揮し、経営成果に結びついている企業を選ぶ。12年度に43社、13年度に46社が選ばれ、累計で100社程度の表彰を予定。評価のポイントは①実践性(制度だけでなく、現場レベルで人材を活用している)②革新性・先進性(従来にない取り組みを同業、同規模企業に先駆けており、他社の参考になる)③トップのリーダーシップ(経営トップに明確な意志がある)④成果(多様な人材の能力発揮で生産性向上などの成果が上がっている)。また、東京海上日動をはじめとするグループの取り組みは、東京海上ホールディングスの「13年度なでしこ銘柄(東京証券取引所と経産省が実施)」選定にもつながった。
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