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顧客のため、家族のための働き方改革~組織で支えあい両立実現

「周囲の支えもあって、育児休暇から復職してからの方が仕事の成果が出るようになった」と渡邊さん
「周囲の支えもあって、育児休暇から復職してからの方が仕事の成果が出るようになった」と渡邊さん

 積水ハウスの「イズ・ロイエ」春日井オフィス(愛知県春日井市)で戸建て住宅の営業を担う渡邊藍子さん(32)の長男が今年4月、小学校に入学した。出産・育児休暇から職場に復帰したのが2011年。振り返れば、母親と営業の役割を両立させる働き方を探し求めて、職場の仲間と試行錯誤を繰り返してきた5年だった。「子どもが成長し、手がかからなくなっても、家族との時間を大切にして営業としても成長する道を目指したい」。渡邊さんは気持ちを新たにしている。

 幼少から英語に親しんできた渡邊さんは関西外国語大学に入学。留学も経験し、充実したキャンパスライフを送って、いざ就職活動の季節に。同級生の多くは語学が生かせる航空会社を目指して一直線に準備を始めたが、渡邊さんは「できるだけ多くの業種を見てみたい」と会社訪問を始めた。

■「このまま一生、契約なんてできないかもしれない」

 訪問したどの会社も、それぞれの魅力がある。悩んだ渡邊さんは会社選びの基準を「人に心から喜んでもらえる仕事」に据えた。積水ハウスを訪問したときのこと。会社説明を聞いていると、ふと自分が育った岐阜の実家を思い出した。築100年を超える日本家屋は趣があるが、老朽化で正直住みにくい。「新しい家を建てたい」という母親の口癖が頭の中によみがえり、「夢をかなえる家作りに携わろう」と心に決めた。

 入社すると、当たり前のことだが働くことの厳しさを肌身で感じることになる。営業職として顧客訪問を繰り返しても、一向に手応えをつかめない毎日。やるべきことを真面目にやっているが、営業は結果がすべて。同期が初契約をしたとの噂を聞くたびに焦りは募った。「このまま一生、契約なんてできないかもしれない」

 夏の日差しが強まるころ、週末の住宅展示場で顧客対応をしていると、中国人の家族がモデルハウスに訪れた。たまたま上司が別の接客をしていたので、渡邊さん一人で対応することになる。お客様は日本語が上手だったので説明はスムーズに進み、分譲地への案内などのアポイントも取り付けることができた。

 「自分の役割はここまで」と思っていたが、何故だかその後も一人で対応することになった。細かな要望も聞き取り提案をまとめるうちに、お客様は信頼を寄せてくれるようになる。中学生のお嬢さんから進路に関する相談も持ちかけられるようにもなった。そうしてまもなく、記念すべき初契約の日がやってきた。

1回の打ち合せにできるだけ時間をかけ、顧客に満足してもらえるように心がけているという

 「やっと営業としてのスタートを切れた」と安堵する間もなく、渡邊さんはすぐに「次の結果を」と顧客訪問に汗を流した。何とか仕事の醍醐味を感じられるようになった入社3年目、渡邊さんに大きな転機が訪れる。長男の妊娠、出産だ。

 当時、積水ハウスは女性社員の活躍を推進する取り組みの「黎明(れいめい)期」だった。05年から女性営業職の積極採用を始め、渡邊さんが入社した07年からは全国の女性営業職が一堂に会してスキルアップなどに取り組む「全国女性営業交流会」が始まったばかり。渡邊さんの所属する部署では出産・育児休暇を取得した前例もなかった。「周りは、どう対処していいか分からないという雰囲気。私もこれから仕事を頑張ろうと思っていた時期で、正直(出産は)早すぎたと思った」。複雑な状況の中で、職場を離れることになった。

 出産すると、渡邊さんに夢のような時間が訪れた。子どもの日々の成長を間近で感じられる毎日。子育ては体力的にもつらいが、夫が休みの日には家族で色々な場所に出かけた。家族とともに過ごす時間はすべてが幸せだった。

■店長夫人が「お迎え」、家族ぐるみのサポート

 子どもの保育園が決まり職場復帰の準備が始まると、親戚などから「営業なんて忙しい仕事は辞めたら」と言われた。渡邊さんも「営業職が本当に務まるのか」という不安はあったが、「もっと仕事がしたい」という思いの中で休暇に入ったので復帰以外の選択肢はなかった。

 母親と営業の二足のわらじを履く生活が始まる。保育園の送り迎えを考えると、復職前に比べれば時間の制約ができる。しかし、お客様には関係のないことだ。「営業は結果がすべて」。渡邊さんはまず、復職前の仕事のやり方を見つめ直した。

 日中に無駄に過ごしていた時間を極力なくし、その日にするべきことの優先順位を決めて時間を配分するようにした。顧客と会う機会も限られるから、一回のアポイントを一期一会ととらえ、その場でできるだけ多くの要望を聞き取り、提案するようにした。「家事動線」など主婦ならではの発想も生かし、顧客の満足度を高めた。

「これからも家族の時間を大切にしながら、仕事も頑張りたい」と話す渡邊さんの表情は充実していた

 もちろん営業である以上、急なアポイントが入ることもある。そんな時、会社の女性活躍の「実力」が出る。渡邊さんは上司である店長に相談すると、こんな答えが返ってきた。「うちで預かっているから大丈夫」。店長夫人が渡邊さんの長男を保育園に迎えに行き、自宅で預かってくれたのだ。

 家族のために、顧客のために、と努力を惜しまない渡邊さんの姿が、社内の意識を着実に変えていっていたのだろう。「周囲に支えられ、復職後の方がコンスタントに成果が出せるようになった」と渡邊さん。子どもの運動会などの行事に全て出席し、見事に両立を果たした。

 これから女性活躍のロールモデルとなる渡邊さんは自身の経験を振り返り、「子育てと仕事を両立できる制度の充実も大切だが、それを組織でいかに運用するかが重要」と強調する。そして「女性が権利を主張しているだけでは、組織は成り立たない」とも話した。女性も男性も自立して、仕事と人生を精一杯楽しむ働き方を、渡邊さん世代がリーダーとなってこれから作り上げていくのだろう。

 インタビューの翌日は、お子さんが小学校に上がって初めての運動会なのだという。「どうしても外せないお客様との打ち合せが夕方に入ってしまったけれど、必ず応援に行きます」。そう話す渡邊さんの表情は、とても充実していた。

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