日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

「日常」を形にする家づくり――「後輩の身近なお手本」目標に

「家づくりの答えは無限大。できるだけ新しいことにチャレンジしている」と徳田さん

 積水ハウス多摩支店(東京・八王子)設計課に所属する徳田有里さん(40)には忘れられない顧客との出会いがある。10年ほど前、初めて設計を任された住宅展示場がオープンしたときのことだ。「本当にすてきな展示場ね。気に入った」。たまたま現地にいると、ある夫婦にこう話しかけられた。自分の思いを込めて好きなように設計した作品だったので、認めてもらえたことが素直にうれしかった。夫婦は自宅の建て替えを別の住宅メーカーに頼んでいたが、徳田さんに依頼することを決めた。設計士冥利に尽きる出来事だった。

 それから5年後、徳田さんのもとに夫婦から連絡が入った。事情を聞けば自宅が火災に遭ったのだという。沈痛な思いで話を聞いていると、夫婦はこう切り出した。「もう一度、同じ家をつくって」。夫婦の日常にとって、徳田さんが設計した家はもはや欠かせないものになっていたのだろう。徳田さんはすでに転勤していたが、当時の担当設計士とともに、夫婦のもとに急いだ。今でもこの夫婦とは交流を深めているという。

■何気ない会話から導き出す日常

 「もう一度同じ家を」と顧客に言わせるほどの腕を持つ設計士の徳田さん。そんな徳田さんでも、常に抱えている悩みがあった。「自分のカラーがないというか、人に合わせてばかりで……」。活躍する先輩設計士の仕事を見ていると、自分の主張を前面に出し周囲を巻き込んでいくタイプが多い。そうした設計士の作品は、形は違ってもどこかにその設計士らしさがしっかりと表現されている。それに魅了されて顧客が付いてくるのだが、徳田さんが設計する家にはそうした主張がないのだという。「このままでいいのだろうか……」。そんな不安がピークに達した2年前、徳田さんは「チーフアーキテクト」という社内資格に挑戦した。

「自分のカラーがない」と悩むこともあったという

 1級建築士の有資格者でも一部しか取得できない「誰もが憧れる資格」。結果的に徳田さんは見事に審査を通過し取得するこができた。「私のような色のない設計士でも会社は認めてくれるのか」と、少し不安も薄らいだ。ただ、それもつかの間、全国のチーフアーキテクトが集まる会合に参加すると、自分の周りの先輩設計士よりもっと濃いカラーを持った設計士がたくさんいることを知る。最初はあぜんとしたが、「最近では会社には色々なタイプの設計士がいていいんだ、と受け止めている」。

 徳田さんは何か特別なきっかけがあって建築の世界に進んだわけではない。高校3年の進路を決める際に「何となく、家をつくる仕事がかっこいいなと思って」日本女子大学の住居学科に入学した。興味本位で臨んだ授業は絵本を描いてみたりストーリーをつくったりと、創造性を育てる内容だった。もともとモノづくりが好きだった徳田さんは「意外に面白い」と建築の魅力にはまる。卒業後、「当時は住宅メーカーへ就職する人が多かったので、自然と」積水ハウスに入社。住宅の設計士としての人生が始まった。

 設計士の仕事は「お客様の日常を知り、それを形にすること」だと徳田さんは話す。まずは「朝食は家族一緒にとられるのですか」といった何気ない会話から導き出した日常の一場面、一場面を紡いでいく。「こんな家にしたい」という家族の思いも聞き出し、ストーリーが出来上がればおのずと舞台となる家の形はイメージできる。それを設計図として表現するという流れだ。徳田さんは色々な顧客と出会うこと自体を楽しんでいる。「家族構成が同じでも、それぞれの家族にそれぞれの日常がある。それを形にする家づくりの答えは無限大。可能性を求めて失敗を恐れず、新しいことにチャレンジするのが仕事の醍醐味」なのだという。

■「ウィメンズカレッジ」が刺激に

 1年半前には支店長から支店の設計のチームリーダーを任され、後輩を育成する立場になった。入社間もない社員に仕事を教えることは今までもあったが、最初から最後まで成長を見続けるのは初めての経験。教えたつもりが伝わっていないと、「伝え方が悪かったのか」と悩む。ミスをして後輩が叱られれば、一緒に叱られる二人三脚の日々。今まで自分の仕事のことばかり考えてきたから、新しい発見の毎日でもある。「叱られる回数が減ったとか、お客様から後輩にお褒めの声があったとか、それだけですごくうれしい」。後輩には淡々と仕事をこなすのではなく、モノづくりの楽しさを感じてほしいと願っている。

 後輩の成長をやりがいと感じるようになった徳田さんは、昨年(2014年)から女性管理職候補者研修「積水ハウス ウィメンズカレッジ」も受講し始めた。2年かけて経営の視点や現場対応力などを磨く、わずか20人の選抜コース。現在は1年目で経営管理や情報収集などのビジネススキルを学んでいる。「受講して分かったのは自分の視野がいかに狭かったか、ということ。お客様の日常を理解するスキルはあっても、社会情勢や経済動向に何の興味もなかった」。年5回の研修は「知らないことばかり」。家づくりに没頭してきた徳田さんにとって、いい刺激になっている。

 今年4月には課長職に昇進した。管理職としての抱負を聞くと「後輩たちの身近なお手本になりたい」との答えだった。ただ1級建築士で「チーフアーキテクト」の資格も持ち、課長となった徳田さんを雲の上の存在だと感じる後輩も多いだろう。最近増えている女性の技術職、いわゆる「リケジョ」にとっては大きな目標なのだろう。

徳田さんは「10年後には建設業界でも、女性だからといって注目されることもなくなるでしょう」と話す

 しかし「支店で一番多く失敗をして会社に迷惑をかけているのは私だし、末っ子育ちで決して人の上に立つタイプではない」と徳田さん。純粋にモノづくりが大好きで、「自分にはカラーがない」と悩みながら努力を積み重ねてきた会社人生を振り返り、「徳田でもできたんだからと思って、新しいことに挑戦して活躍する女性設計士が増えればいい。女性が普通に活躍できる基盤づくりのお役に立てれば十分」と話した。

 徳田さんは休日などに時間があれば、知らない街を訪れる。気の赴くままに歩き、何気ない風景からその街に住む人々の日常を感じ取るのが好きだ。

 冒頭の夫婦が惚れ込んだ展示場は室内に緑を取り入れるなど、斬新で開放的な設計だったという。徳田さんはどんな街を思い浮かべながら、設計したのだろうか。風薫る新緑のまちなみだろうか。

TOPページヘ
電子版ウーマン