日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

人と組織の成長を最大限の成果につなげる

流ちょうな日本語で成長し続けることの大切さを丁寧に語る

 正門には「欧姆龍」(オムロン)と記されていた。長江デルタに広がる、中国・上海の浦東新区。11月初旬、薄く黄ばみがかった空の下、車窓に映る高層マンションや建設中の荒地を横目に車を走らせると、白壁にブルーのロゴマークがくっきりと見て取れた。ここ、上海欧姆龍控制電器有限公司(オムロンコントロールコンポーネント)で出迎えてくれた小柄な女性が徐堅さん(43)だった。2013年10月、社長にあたる総経理に就任して以来、730人の従業員を束ねるリーダーとして、人と組織の成長に向き合い、最大限の成果につなげる取り組みを続けている。110を超える国や地域で商品・サービスを提供し、約3万9000人の従業員を抱えるオムロン初の女性海外関係会社社長だ。

■上司や同僚、部下への感謝を勇気に変えて

 「青天のへきれきでした」。総経理を告げられた時の心境を、徐さんは流ちょうな日本語でこう表現する。「自分でも全く想定していませんでした」と。無理もない。グローバル社員の約4割が働く中華圏はオムロングループ最大の海外拠点。しかも、これから事業拡大に乗り出そうとする会社の総経理を任されることに「責任の重さをひしひしと感じた」からだ。当時、外資系企業に勤める現地人は部門長、あるいは副総経理までが組織の天井であると認識していた中国人従業員も、驚きをもって受け止めたという。

 徐さんが続けて言う。「総経理になって大勢の人の視線を浴びたとき、緊張とともに、これまでお世話になった上司や同僚、部下への感謝が湧きあがってきました。自分は期待されている。信頼されている。このエネルギーがモチベーションの原動力になっており、これを勇気に変えていく」と内に秘めた闘志をのぞかせる。

生産改善活動の成果報告を受けるなど、生産現場との融和も進める

 上海外国語大学日本語学科に学び、卒業後は貿易会社で日本に中国商品を輸出する業務を担当していた徐さんが、オムロンコントロールコンポーネントに入社したのは95年。面接で見た現場の第一印象は「明るい仕事環境と生き生きとした表情の社員」だった。入社後の研修で、オムロンの社憲「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」や、創業者の精神「最もよく人を幸福(しあわせ)にする人が、最もよく幸福(しあわせ)になる」に触れて、「この会社で働けてよかったと思った。今もそう思っている」と振り返る。

 以後、10年間。工場の司令塔にあたる生産計画業務に携わる中で、リレーなど電子部品の部材調達にはじまる購買・物流管理のサプライチェーンを一元管理しながら、顧客との調整窓口を果たした。生産計画部門での仕事を通じ、他部門とのコミュニケーションや交渉、約束を守ることから得られる信頼、やりがいといった大変多くのことを学んだ。その間にマネージャー、部門長へと昇格。その後06年に工場の間接部門に異動してからは人事、総務、財務、企画、購買を担当する部長に就いた。製造と品質技術以外のすべてを経験している。

■「自律と自責」を胸に企業風土を体現

管理職チームとの定例会を通じて、日常の仕事の進捗をチェックする

 徐さんが総経理に就いてからの13年度と14年度に、オムロンコントロールコンポーネントは2期連続で売上高、利益共に過去最高を更新した。社員一人ひとりが強みを磨き、チーム力で成果を出す組織となった格好だが、こうした職場風土の構築は一朝一夕に成ったのではない。

 時は06年にさかのぼる。中国本土に展開するオムロンの深セン工場などでは生産規模の拡張が相次いでいた。だがここには成長の気配は見えない。「もうこの会社は発展しないのではないか」と、従業員の間にも悲観的な気持ちが高まる。モチベーションの低下、優秀な若手社員の離職、部門間の連携の低下も目立ち始めていた。当時の総経理が言った。「もう一度、この会社の基盤を強化し、自らの手で拡大する夢を実現しよう」との熱い思いだ。徐さんは総経理を補佐しながら、業務基盤の変革活動に取り組む。

 まず、少し上から目線で生産部門を見る傾向にあった間接部門を「価値を生み出す直接部門の後方支援部隊であるべき」との考えから、管理部門から業務サービス部門への衣替えを試みた。生産部門に喜ばれる商品提供をはじめ、全社員が気持ちよく働ける環境を提供することを徹底させた。そして、どの業務部門も最終的には会社の商品として結集されるべきだとの意識改革を地道に浸透させてきたのだ。

 並行して、社員のモチベーションを向上させるため、公平中立をベースに、個々の能力を引き出し、会社全体の利益最大化につながる人事制度の再構築を07年から1年かけてつくりあげた。同時に会社の課題も明らかにされる中、優先課題は管理職となるリーダー育成であることを痛感。10年までの4年間に実施した、管理職づくりのための勉強会では、あるときは車座となって、自己啓発や一体感の成就に向けて率先した取り組みをしながら、地道なリーダー教育に取り組んだ。

 オムロンでは現在、山田義仁社長が就任した11年に策定した長期経営戦略「Value Generation 2020」がある。これはゴールである20年に「質量兼備の地球価値創造企業」になること、そしてできるだけ早い時期に「売上高1兆円以上、営業利益率15%」を達成すること。このゴールを達成する成長のための基本戦略のひとつに「グローバル人財の強化」がある。山田社長は「グローバルに事業展開を加速していく中で欠かせないのが、その経営を支える人財の確保と育成だ」と言う。オムロンでは、海外拠点の重要なポジションに、現地幹部を積極的にリーダーとして登用している。それに加えて「若手人財の抜てき」、そして「女性が活躍できる機会を提供すること」にグループ全社をあげて積極的に取り組んでいる。その背景には、「やる気があって、準備ができている人には、いつでもチャレンジできる機会がある」オムロンの企業風土だ。

 徐さんは自分自身で意識していることを2つ挙げた。「自律と自責」「オープンマインドとチャレンジ精神」だ。自分に高い目標を掲げ自分で責任を持って成長していく。人を責める前に、自分の反省すべき点を見つめる。今までの経験にとらわれず、常に新しいことを柔軟に取り入れ、チャレンジする。こういう点を心がけている。

 家庭に戻れば中学3年の娘の宿題を手伝い、週末には手料理で家族をもてなす、普通の妻と母親の顔ももつ。「正直なところ、仕事と家庭のバランスが取れないときもある」と笑うが、仕事も家庭も家族も一人で築き上げるものではない。そこで徐さんが重きを置くのがチーム力だ。「個々の能力を引き出し、スキルアップして利益につなげる取り組みに終わりはない」と考えている。

 徐さんの耳に聞こえてきたうれしい言葉がある。「現地人が社長になったことに誇りをもっている。自分たちもがんばればチャンスが巡ってくるかもしれない。とても励まされている」。オムロンコンポーネントの社内や中華圏のグループ会議で、若手社員らが発する気持ちの一端だ。「すでにここでは優秀な若手社員たちが競い合っていますよ」。自分に追いつき、追い越す人たちが次々と誕生してこそ、徐さんの不断の努力が報われ、オムロンの真の強さが証明されるのかもしれない。

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