日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

「自分にしかできない」――ダイバーシティ推進に感じる使命感

女性社員が仕事でなかなか活躍できない背景には男性社員の「間違った優しさ」があるという

 30歳を迎えた年だっただろうか。オムロンの浜田仁(めぐみ)さん(46)は会社が開いた女性社員向けリーダー研修で、現在の職務に向き合うに当たっての原点のような出来事を経験した。参加資格の欄に視線を落としたときのことを浜田さんはこう振り返る。「何で総合職だけなんですかって、思わず声を上げてしまったんです」。

 自分に参加資格がないことが不満だったのか。そうではなかった。1991年に文系総合職の一期生としてオムロンに入社。総合職のみという研修の参加資格は持っていた。担当者にかみ付いた理由は、一般事務職の女性社員が対象から外されていたことがおかしいと思ったからだった。

■こうと思うと黙っていられない

 入社後の配属は健康機器事業の営業部。精力的に仕事にチャレンジするが、「うまくいかないことがあると、すぐにへこむタイプ」だった。そんな浜田さんを「頑張って」と温かく支えてくれたのが、同じ職場の事務職の女性社員。ありがたかった。でも、どこか釈然としない気持ちもあった。「みんなは私と同じようにチャンスをもらえているのだろうか」。日ごろ疑問に思っていたところに研修資格が重なり、こうと思うと黙っていられない性分に火がついた。「女性に辛い仕事はさせられない」。こんな間違った男性の優しさが、「会社はチャレンジさせてくれない」という女性社員のあきらめにつながってはいけないと思った。

 もちろん1人だけの声では組織が急に変わることはない。ところが、10年以上が経過した2012年、浜田さんに自分の力で組織を変えるチャンスが巡ってきた。健康機器事業はオムロンヘルスケアとして分社されていたが、オムロン本体に呼び戻され、マネージャー(管理職)としてダイバーシティ推進を担当することになった。ダイバーシティ推進の中でも女性が活躍できる会社にすることは、日本企業にとって大きなチャレンジ。「自分にしかできない仕事だと思った」と浜田さんは当時を振り返る。

社員と直接話す機会をできるだけつくり、「100人いれば100通りの活躍の仕方がある」と訴えている

 オムロンは女性の活躍を推進するため、数値目標として女性マネージャーの数を掲げている。浜田さんは数値目標を掲げることだけが女性の活躍を推進することではないと断言する。「女性が100人いれば100通りの活躍の仕方がある。マネージャーをゴールにするのはおかしい」。女性の潜在能力を引き出すためには、女性の間に広がっている「あきらめ」の気持ちを解消することが先決だと考えた。「まずはマネージャーの数を増やして、そこから組織を変えていったほうがいい」という声も多かったが、1年半かけて、自分がどのように女性の活躍を支援していきたいか経営陣に説明し、理解を得た。現在はグローバルリソースマネジメント本部業務部長・ダイバーシティ推進グループ長という立場で、国内従業員の約2割に当たる2500人の女性社員の「あきらめ」の気持ちを解消するため、事業所を訪問して講演会を開き、直接語りかけ、彼女たちの声を聞く日々を送る。

 講演ではそれぞれの「こうしたい」に応えられる仕組みをつくっていきたいと訴えているが、「そんなことを言っても、どうせ……」というあきらめやいら立ちを感じている人がいるのも現実だ。中には「自分も変われるかもしれない」と伝えてくる社員もいる。1人の心の変化が伝播(でんぱ)することで、組織が変わると信じている。浜田さんは日々の手ごたえを積み重ねながら、講演を通じて直接話しかけ、それぞれの中にある「あきらめ」の気持ちを解消することに汗を流す。

 女性活躍のために汗は流すが、迎合はしない。正しいと思えば女性社員からの反発が予想されても真正面から取り組む。入社5年目で女性初の労働組合の支部委員に選ばれたとき、女性が結婚退職する際に退職金が上積みされる制度の廃止議論が持ち上がる。浜田さんは退職勧奨のような制度は要らないと廃止に賛成だったが、多くの女性が反対していた。「女性に嫌われたら仕事がしにくくなるなあ」と思いながらも意を決して、職場会議の最後に「皆さんのお気持ちよく分かりました。でも、私は廃止に賛成します」と語りかけた。

 すると返ってきた反応は「浜田さんが中立的な立場でそう考えるなら、それでいい」。時代とともに会社も変わらないといけないと女性社員も感じていたのだろう。自分が信じたことは、反対されてもひるまずやるべきだと教えてくれた経験だった。

■誰もが活躍できる会社にしたい

全国の事業所を回り、女性社員向け講演会のほか管理職研修にも力を入れている

 「志を持ち、しっかり準備をしている社員にはチャンスを与える」。浜田さんはオムロンという会社には、そんな社風があると実感している。入社間もないころから、おじいちゃんやおばあちゃんでも使いやすい製品や取扱説明書が必要だと強く思っていたら、オムロンヘルスケアのユニバーサルデザイン担当を任された。今回のダイバーシティ担当も、「誰もが活躍できる会社にしたい」という志を会社が感じ取っていたからこそ実現したのだろう。

 ダイバーシティを重要な経営課題に位置づけているオムロンの経営陣は「志を持ち、しっかり準備している女性社員が入れば役員に登用する」という認識で一致しているという。取材後に浜田さんに聞いてみた。「浜田さん、将来役員になれと言われればどうしますか」。浜田さんは少し考えてからこう答えた。「自分が社内で話していることを振り返れば、受けるということでしょう」。

 どんなに難しい役割でも、チャンスが来れば必ずつかむ。それが浜田さんの輝き方だ。きっと近い将来、そんな浜田さんの姿に勇気をもらった多くの女性社員たちが、それぞれの輝きを放ち始めるのだろう。

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