日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

社員をピカピカにして現場に帰す――全員参加型の研修でモラルアップ

日本航空の安倍さん
研修を通じて現場を元気にしたいと語る安部さん

 日本航空で働く女性の活躍を後押しするプロジェクトが始まった。2015年に立ち上げた「JALなでしこラボ」は日航グループ社員のダイバーシティへの啓発や、意識改革を促すほか、女性管理職の登用など数値目標の実現に向けた行動計画を推進する。同ラボのメンバーの1人が意識改革・人づくり推進部で教育・研修を担当する安部やよいアシスタントマネジャー(46)だ。「研修に来た社員をピカピカにして現場に帰す」と意気込む安部さんは、ゲームの手法を取り入れた全員参加型の研修を開発するなどして現場のモラルアップに努めている。

 日航の意識改革・人づくり推進部は2月1日と2日、28~31歳の女性総合職18人を集めて「ワーク・ライフ・マネジメント研修」を開いた。結婚、出産、育児など重要なライフイベントを迎える年齢に差し掛かった女性社員がイキイキと働き続けられるようにキャリアデザインを描いてもらう狙いだ。2日間かけて、ロールモデルとなる先輩女性社員のプレゼンテーションや、外部講師を招いて心理学を活用した自らの強み・弱みを見つけ出す実習などを行った。研修では弱点を矯正するより自分の強みを見いだし、いかに伸ばしていくかに主眼を置く。安部さんは2日間、付ききりで受講する女性社員を見守った。

■上司との禅問答――雨降りにどう傘をさす?

日本航空の安倍さん
上司に厳しく諭され、リーダーとしての責任を自覚するようになった

 「アルバイト出身の社員が社員教育を担うようになるなんて」――。こう言って少しはにかんだ笑みを浮かべた安部さんは、日航では異色のキャリアの持ち主だ。94年にアルバイトとして日航に入社。運航本部の庶務担当として政府専用機のマニュアル改定の仕事で防衛庁(現防衛省)などとの折衝にも携わった。その後、職員として日航の健康保険組合に入り、グループの経理業務を担う会社に出向した。独SAP社の統合型業務管理システムの導入プロジェクトを数年に渡って担当。経理部門での業務内容を評価され、05年に日航の正社員となった。

 安部さんのキャリア上の転機は、31歳で女性だけのチームの責任者に抜てきされた時のことだ。女性だけというチームの特殊性に加え、メンバーの半分が年上だったこともあり、安部さんへの反発は大きかったという。「当時は若くて人に指示を出すスキルに乏しく、上から押さえつけるように接してしまったのです」(安部さん)。その結果が反発や陰口となって返ってきてしまった。プロジェクトも思うように進展しない。どうしたら人の気持ちを動かせるのだろうと悩んだ挙句、体調を崩してもう限界と感じた安部さんは、上司に「もう続けられない。リーダーを代えてほしい」と直訴した。

 上司は「会社ではそう簡単にリーダーを代えられない」と言って、突き放したという。重ねて「泣いても仕事は進まない。気持ちの整理がつくまで、この部屋を出てはいけない」と言い渡された。何を無茶なと反発したものの、上司の妥協のない物言いに圧倒され、少し冷静さを取り戻した。「せめて(仕事を進める上での)ヒントをください」と食い下がると、上司は雨降りに傘をどうさすのかという何とも抽象的な話を始めた。

 (上司)「雨降りに傘をさす時、自分より背が高い人にはどうさしてあげるの」
 (安部さん)「手を上に挙げてさします」
 (上司)「疲れたらどうするの?」
 (安部さん)「反対の手に持ち代えるかもしれません」
 (上司)「もっと疲れたてきたら?」
 (安部さん)「……」
 (上司)「相手に持ってくれるようお願いするかもしれないよね。仕事も一緒じゃないの。よく考えてみて」

 禅問答のようなやりとりだったが、冷静になってみると、自分は一人では持てないような大きな傘をさしていたのではないか、雨にぬれたくないと思い自分だけ真ん中にいることが多かったのではないか、そういった気づきが次々に生まれてきた。そして、自分なりの傘のさし方をしよう、自分がダメなときは「すみません、代わってください」とお願いする勇気を持とう、と考えを改めるようになった。

 職場に戻ると、「……をやって」という威圧的な言い方を「……をお願いできない」と部下に柔らかく接するようにしたほか、年長の部下には前もって相談するような形で理解を求め、協力をお願いするよう心掛けた。1人ずつ根気強く働きかけるうちに徐々に効果は表れた。周囲の安部さんを見る目が変わり、彼女を助けてあげようという雰囲気がでてくると、仕事もうまく回り始めた。最終的には大幅に納期を短縮してコストを低減する成果を挙げることができた。

 この経験から得た教訓は、「上司が部下を勝手に引っ張ろうとしてもダメ。周りは変えられない。自分が変わる勇気を持たなければならない」ということと、「リーダーは簡単には代えられない」と言われて初めて気づいた仕事の責任の重みだった。上司の毅然とした対応がなければ、挫折したまま会社を辞めていた、と振り返る。ある日、上司のことを父に話したところ、「社員は給料をもらってうれしいと思うだけだが、会社は給料以上のお金を社員に投資している。そう簡単に辞められてはたまらないだろうね」と優しく諭された。

 キャリア上の危機を乗り越え、仕事は順調に回り始めたものの、10年1月、会社が経営破たんする事態に直面。財務部の応援要員として資金の借り換えをサポートする業務などに携わり、厳しい現実を目の当たりにした。そんななか、「やっぱり飛行機が好き。航空会社で働き続けたい」との初心を思い出すことで日航に残る決意を固めた。経営再建中の同社は、京セラ創業者の稲盛和夫氏を会長に迎え、「利他の心」などを説く「JALフィロソフィ」教育に力を注いだ。12年9月に再上場を果たした後も人材教育を重視している。

■ゲームの手法生かした研修を開発――参加者を眠らせない

日本航空の安倍さん
社員研修のファシリテーター(司会・進行役)や研修プログラムの開発などを手掛ける

 日航がさらなる飛躍を果たすために重視する“人財”の育成。その一翼を担う意識改革・人づくり推進部に、安部さんは約1年前に配属された。期待の部署で「女性だからといって甘えたくない」との思いから、独学で人事・教育関係の本を読みあさっただけでなく、社外の人材育成関連のセミナーをいくつも受講したり、上司の薦めで大学院にも通ったりしている。

 安部さんの仕事は、主に社員研修の司会・進行役や研修プログラムを作ることだ。様々に学んだことを生かして、「リーダーシップ開発」と「チームビルディング」の2つの研修を作り上げた。2つの研修はゲームの手法を通じて課題などの解決に取り組むゲーミフィケーションに特徴がある。とにかく参加者を眠らせない、何かを持ち帰ってもらいたいという強い思いが新たな研修を生み出す原動力となった。

 チームビルディング研修ではストロー、はさみ、テープを渡し、「最も高いタワーを作ってください」と課題を出す。種明かしになるので詳述は避けるが、「高いタワー」にどんな意味を見いだせるか、発想の豊かさやコミュニケーション能力が試される研修だ。

 テキストを配布しない研修で、チームに分かれてそれぞれが与えられた課題を考え、プレゼンする。全員がゲーム感覚で楽しみながら研修に参加することで、様々な部門から集まった社員がコミュニケーションを深める効果もあるという。

 研修を終えて、「安部さんに会えてよかった。私、もう少し頑張ってみます」と声をかけられることが最も励みになるという。

 ゲームの手法を活用した新しい研修の開発・実用化では、上司だった板谷和代さん(57)の後押しが大きかったという。人材育成に深い見識を持つという板谷さんは、日航の経営破たん時に意識改革・人づくり推進部で、「仕事うきうき」「仕事わくわく」「仕事いきいき」という新たな研修を作り出した。社員のモチベーションを少しでも高める狙いだった。当時は「ふざけたネーミングだ」と批判を浴びたが、現場の声を聞いて回るなか、「破綻した社員の心を元気にすることが大事」と新たな研修の導入を押し切った。

 彼女の背中を見ながら働く安部さんの願いは、研修を受講した社員がイキイキと気分を高揚させて、職場に戻ってほしいという1点にある。ただ、せっかく前向きな気持ちになっても上司の理解が得られず、壁にぶつかる社員は少なからずいると感じている。今後は「上司と部下がペアで受講できるような研修を開発し、互いに気づき合えるような、職場の雰囲気さえ変えてしまうようなことを実現したい」と目を輝かせる。

JALなでしこラボとは

JALなでしこラボ

 日本航空がグループ横断で、女性をはじめとする社員の活躍を推進するプロジェクトチームのこと。ダイバーシティ(人財の多様性)推進の一環でもある。企業に女性の登用を促す女性活躍推進法が16年4月に施行するのに先駆け、15年11月に活動を始めた。日航グループ全体で活動を進めていく「グループプロジェクト」と、グループ内から40人前後の社員が参加し、ダイバーシティの研究を進めていく「なでしこラボプロジェクト」の2つのプロジェクトを中心に活動している。7月には研究成果を発表する予定。働き方などに対する社員の意識改革を促すため、今後は「ワーク・ライフ・マネジメント研修」のほか、「顧客価値創造プロジェクト」「ママカフェ」といった研修とも連携を深めていく。

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