日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

キャリアと育児との両立に悩む女性に「ホームティーチャー」を提案

「自分の関わった方がホームティーチャーとして成功していると聞くとうれしい」と寺内さん

 2014年12月9日朝、東京・表参道の「青山ダイヤモンドホール」。ECCジュニア・BS(ブランチスクール)教室開設アドバイザーの寺内三保子さんは来場者受け入れの準備を進めていた。子育てしながら仕事をしたい女性を対象にしたイベントが行われ、ECCもブースを出展するのだ。午前10時の開場と同時に数多くの女性が会場に入る。「ご自宅で子どもたちに英語を教えてみませんか」。寺内さんらの呼びかけに応じて一人また一人とブースを訪れる。

 ECCジュニアでは、女性が「ホームティーチャー」と呼ばれる先生となり、主に自宅や貸会場を教室にして2・3歳児から中学生までの子どもに英語や国語、算数などを教える。寺内さんは教育に関心のある女性にホームティーチャーとして働くことを提案する業務に携わっている。「同じ女性として、働く女性をサポートできるのはとてもうれしい」と笑みをたたえる。

 寺内さんの説明を聞いてホームティーチャーになった女性に登場してもらおう。東京都葛飾区の小川さんだ。12年夏、育児休業中だった小川さんは迷っていた。「子どもとはできるだけ一緒にいたい。だけど、自分のキャリアをストップさせたくもない」。正社員として働いていた小川さんは、育休終了後に元の職場に復帰する予定だった。だが、そうすると保育園に子どもを預けなければならず、子どもとの時間を長く持ちたいという希望はかなわない。とはいえ、仕事を通じて社会に貢献したいという気持ちも捨てがたい。

 悶々(もんもん)としていた小川さんの目に飛び込んだのがECCジュニア教室だった。説明会に足を運び、そこで寺内さんと出会った。ホームティーチャーは通勤の必要がないので、小さな子どもを持つ人でも始めやすく続けやすい。半面、教室を運営する個人事業主になるため、生徒の集まり具合によって収入は上下する。

 寺内さんがホームティーチャーのメリットとデメリットを説明した後、小川さんはこう言った。「授業は週1コマ(40分)だけでも大丈夫ですか」。それに対して寺内さんは「ええもちろん」と応じた。リスクを十分に理解し、最初は手堅く始めようとした小川さんの申し出を寺内さんは笑顔で快諾した。

 専業主婦が就くというイメージが強いホームティーチャーだが、最近は小川さんのように、正社員として働いている女性が希望する例が増えている。保育園不足が解消せず、子育てをしながら働くことに不安を抱く女性は多い。自宅や近所の貸会場を職場にできるうえ、子育てや介護で大変なときは授業のコマ数を減らせる。寺内さんは「最近は結婚を控えた女性や女子学生からの問い合わせも目立つようになった」と語る。一生の仕事として認知されつつある表れと言えるだろう。

■「週12コマ」に思わず喜びと驚きの声

小川さんは子どもの時間と社会貢献を両立するため、ホームティーチャーの道を選んだ

 週1コマ生徒6人のつもりで始めた小川さん。13年1月に生徒募集を始めた。新聞に折り込み広告を入れたり、チラシをポスティングしたり、のぼりを立てたりした。予想以上に希望者が集まり、13年4月の教室開設時には4コマ15人となった。その年の夏には生徒数が2倍の30人に膨らみ、14年11月時点では44人の生徒を抱えるようになっている。授業のコマ数も週に12になった。

 開業後のサポートは寺内さんの担当外となってしまう。小川さんとはなかなか接点を持てず、気がかりだった。それだけに週12コマになったと聞いて寺内さんは思わず喜びと驚きの声をあげた。「自分が関わった人がホームティーチャーとして成功した事例を耳にすると、本当にうれしい」。女性の能力や意欲を発揮できるきっかけを提供できる。これがこの仕事の醍醐味なのだろう。

 説明会に来た人がすべてホームティーチャーになるわけではない。説明会への参加希望が少ない時期もある。寺内さんも「希望者がいなくて手持ち無沙汰のときがいちばんつらい」と話す。だが、そうした苦労も小川さんのような成功例に接すれば、一気に吹き飛ぶ。

 寺内さんは大学を卒業後、美術品を扱う会社に就職した。だが、美術品にそれほど興味があったわけではなかった。「自分が好きでもないものをお客さんに勧めることへの抵抗」が拭えず、ECCに転職した。学生時代に語学を学ぶためにオーストラリアに留学したことがあり、英語や英会話を学ぶことの楽しさを実感していたからだ。

 ECC入社後は英会話教室の営業担当者になった。人と接することが得意だったうえ、「自分がいいと思えるものをお勧めできる」喜びもあり、入学の実績を着実に積み重ねていった。今の部署に移ったのは4年前。当初は戸惑いもあったが、「生徒に対してであろうと、先生(ホームティーチャー)に対してであろうと、自分は何ができるのかを考えて実行するという点では同じ」と考えている。

■「やってみせ」の精神で部下を指導

管理職の仕事で大切なことは「早く明確に指摘すること」

 現在、寺内さんには2人の部下がいる。管理職として心がけているのは「早く明確に指摘すること」だ。ホームティーチャーという仕事に関心を持って説明会に来てくれた人にどう接するか、どのように説明すれば開業を決断するようになるのか――。こうしたことについて、寺内さんは部下に指導する。

 「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉がある。旧日本海軍の山本五十六連合艦隊司令長官の名言だ。寺内さんの指導スタイルもこれに近い。部下にさせてみてそれを事細かに観察してメモにする。そのメモをもとに改善策を言い聞かせ、実演してみせる。「言葉だけだとなかなか伝わらない。具体例を見せないと」と寺内さんは言う。

 寺内さんがこのスタイルを採るようになった背景には、以前に年上の部下を持ったときの苦い経験がある。その部下は思うような実績をあげられなかったが、プライドが邪魔してか、寺内さんの指導を素直に受け入れなかった。「当時は数字でしか部下を見ていなかったのかもしれない」

 そうした苦い経験を糧にしてきた寺内さん。働く女性をサポートすることの喜びに加え、後進を指導・育成する管理職の仕事の面白さも感じ始めている。

TOPページヘ
電子版ウーマン